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棄てられる命に新たな価値を。国産ジビエが秘める産業の可能性と振興の転換点│日本鳥獣食論最前線

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日本ジビエ振興協会 代表理事 藤木徳彦さん

『ジビエ(Gibier)』とは、フランス語で“狩猟によって得られた野生鳥獣の肉”を意味する。近ごろ、食の多様化やSNSでの発信などで目にする機会が増えたが、日本においても狩猟した野生動物を食べる文化は縄文時代より存在していた。いわば、“国産ジビエ”だ。

現在、その国産ジビエを取り巻く環境は大きな転換期を迎えている。ただ食べるというだけでなく、地域資源として価値を見出し産業として成立させようという動きが各地で広がりつつあるのだ。

価値の向上と普及のために奔走する人々、その想いに共鳴する産学官民、先にある地域や暮らしの変化──。あらゆる視点から国産ジビエの産業化までの軌跡を追う本連載。

第1回目は、自らも料理人として国産ジビエを扱いつつ、衛生基準の整備や産業化に向けた活動を長年行っている『日本ジビエ振興協会』代表理事 藤木徳彦さんに、現在起きている変遷と今後の可能性について尋ねてみた。

はじまりは一人の料理人の違和感から。国産ジビエ振興の源流

長野県茅野駅から車で約40分。豊かな自然が広がる蓼科高原に『オーベルジュ・エスポワール』はある。ここでオーナーシェフとして腕を振るい、国産ジビエの魅力を発信する『日本ジビエ振興協会』の代表理事として活動するのが、藤木徳彦さんだ。

「春は桜、初夏は新緑、秋は紅葉、冬は銀世界。客席ではそんな四季折々それぞれの自然を眺めながら食事を楽しめます。いい景色でしょう。うちの店の自慢の一つです」(藤木さん)

国産鹿肉背肉のポワレ ジン香るジビエの赤ワインソース

地産地消のオーベルジュを掲げる当店では、地場の旬の食材を使った料理を味わうことができる。そのなかでも人気なのが、周辺で捕獲されたジビエを使った料理だ。シカやイノシシをはじめとした肉はメインとして据えられ、それを目的に訪れる人も多いそうだ。

そんなジビエと藤木さんの馴れ初めは、店を開業して間もないころにまで遡る。

1998年の開業当時、現在と同じく地場の食材を扱う店としてスタートしたが、標高が高く寒さが厳しい冬場は地元で採れる食材が少なく頭を悩ませていたという。そんなとき、ある常連客からかけられた一言が、その後の歩みを大きく変えることになる。

「お客さんから、『ハンター(=猟師)の家族が獲った鹿肉が余っていて困っている。よかったら貰ってくれる?』と言われたんです。一年ほど冷凍された肉だったのですが、食べてみたらとても美味しくて。それまで扱っていたエゾシカや海外産と比べても遜色のないものでした」

地元のジビエ肉に食材としてのポテンシャルを見出した藤木さんは、地域で活躍するハンターへ連絡を取り、積極的に取り扱い始めることになる。それを使った料理は客からの評判もよく、十分に商売として成り立つ手応えを得ていった。しかしその裏で、ジビエならではの難しさにも直面していく。

まず一つが流通と価格だ。藤木さんが食材として扱い始めた当時、長野県もとい国産のジビエ肉のために拓かれた市場がほぼなく、ハンターから直接仕入れを行う形だった。だが、彼らのほとんどは顧客に向けた食肉販売を目的として狩猟・捕獲をしているわけではなく、明確な相場が存在せずハンターからの言い値が基本。狩猟頭数や気分によって価格が変わることもよくあったという。

次いで挙げられるのは品質の不安定だ。ジビエはハンターがフィールドで狩猟・捕獲を行うことが主な起点となる。猟銃の場合は銃弾の当たり所、罠による捕獲においても止め刺し(=捕獲した個体を仕留める作業)の技術や方法によって後の肉質は左右される。

さらには季節、雌雄、生前の食性、解体処理の所要時間によっても品質の差が出てしまう。調理の際には、肉の状態を経験によって見極めそれに応じた調理方法が必要となるため、扱いが非常に難しい。

そして最も藤木さんに衝撃を与えたのが、捕獲した野生鳥獣の多くが十分に活用されないまま廃棄されていた実態だ。

当時、実際に撮影された写真

「ある日、ハンターさんから『シカがたくさん獲れた』と連絡があったので現場に向かいました。するとそこには、食べやすい部位の背ロースだけを抜かれたシカの死体が穴に山積みになっていたんです。『もう埋めて廃棄しちゃうから、好きなの持っていっていいよ』と言われ、ほかの部位は食べないのか?と尋ねると、『わざわざ食べる価値がない。いっぱい獲れるんだからいいとこだけ食べればいいじゃないか』と返ってきました。衝撃でした。

私たち料理人は、受け取った命を食材として余すことなく使い切ることを徹底して教えられます。なのに、目の前には使える部位が多く残された命が棄てられようとしている。あのときの違和感はいまでも鮮明に覚えています。これはどうにかしなければいけないと強く感じました」

こうした状況は特定の地域だけで起きていたものでも、ましてやハンターの悪意によるものでもない。むしろ、かつてのハンターは野生動物を自らが生きていくための糧として獲り、その命を無駄にしないよう扱う文化があったが、近代化による生活様式の変化などを要因として徐々に薄れていってしまった。

「農作物被害の深刻化に伴い、個体数を減らすための捕獲そのものが優先されるようになったのも一因です。有害鳥獣捕獲において、報奨金が支払われる制度を設けている自治体もあります。そういった事情が重なれば、捕獲した野生鳥獣をおいしく食べたり、資源として活用したりする発想が生まれにくいのはある意味自然なことかもしれません。特別に誰かが悪いという話ではないんです」

これら一連の経験を経て、藤木さんはジビエの魅力をより多くの人に伝える活動へと踏み出していく。

上伊那で行われたジビエの料理講習の様子

「活動の第1弾は地域の皆さんに向けて、ジビエをおいしく食べるための料理教室を開きました。土地柄ジビエになじみのある人たちでも、だいたいが強火で煮るか焼いて食べるというのがほとんどで、おいしく食べるための習慣が根付いていなかったんですね。すね肉を圧力鍋で柔らかくしたり、硬い部位はひき肉にしたりなど、食べられていなかった部位でもきちんと調理すればおいしくなるということを伝えたかった」

当初は地元を中心に始まった小さな活動だったが、評判が広がるにつれ、ほかの地域や自治体からも声がかかるようになる。そうして各地を訪れるなかで、料理の普及だけでなく、捕獲した野生鳥獣をどう生かしていくのかという課題とも次第に結びつき、活動はジビエの利活用そのものへと広がっていった。

そして、現協会の前身である『日本ジビエ振興協議会』を2012年に設立。その後、10余年にわたって、国産ジビエを安全に活用していくための環境づくりや産業化に向けた活動を藤木さんは行ってきた。

環境整備から価値の創出へ 国産ジビエが迎える転換点

振興協会では、国産ジビエの産業化にむけた道のりを段階分けしている。第一フェーズである「ジビエ1.0」では、国産ジビエを安心して商業利用できる基盤整備を進めてきた。

明確な全国ルールがなかった業界に一定の基準を設けるため、国に働きかけ、捕獲・運搬・処理解体・保存といった衛生管理におけるガイドラインの策定(※)にも関わったほか、処理施設の整備や流通経路の拡大、大手飲食・食肉加工企業との協業など、その活動の幅は多岐にわたる。

※厚生労働省『野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)』(2014年)

そして現在、環境整備から一歩進み、“国産ジビエの価値創出”を目的とした『ジビエ2.0』へと移行している。藤木さんはその理由について、ジビエ1.0での経験則をもとにこのように話す。

「大手飲食企業との協業に取り組んだ際、提供にあたって数トン単位の肉を、決められた納期と価格で欠品なくそろえなければならず、片っ端から声をかけてなんとかかき集めました。供給量も限られており、かつ品質のバラツキが出やすいジビエではこのような展開は現実的ではないと学びました。

また、生産や流通の観点から、ジビエはどうしても畜産の肉より価格が高くなりがちになる。それを『もったいないから食べましょう』という文脈で伝えるだけでは、消費は思うように広がっていかない。価格や需要と供給の課題を解決するためには、消費者がお金を払ってでも食べたいと思えるものにする必要があるなと」

衛生管理や流通の課題に一定の道筋がついても、再び立ちはだかった“ジビエならではの難しさ”という壁。そこで藤木さんは、供給の不安定さや価格を逆に付加価値へと転換することに活路を見出していく。

「フレンチには『テロワール(Terroir)』という各地域固有の風土の中で育った食材の個性を料理に落とし込み、それを価値とする考え方があります。これを活用できないかと思いついたんです。

ジビエは自然が描く味の履歴書だと思っています。どこで生きて、何を食べてきたか。シカやイノシシ、クマ、どれもが一期一会です。獲れた地域によって味わいは全然違います。その違いを特有の価値にすることで、土地ならではの食材として売り出すことができるはずだと」

こうした価値づくりは、単に「どこで獲れた肉か」という産地の違いだけにとどまらない。その土地に根付く食文化や料理と結びつけることで、ジビエを軸とした新たな地域価値を生み出す起点にもなり得るのだ。

第1回 西会津町 ジビエ利活用検討会

振興協会が支援を行う福島県西会津町では、地元で長く親しまれてきた豚肉の鍋料理をベースに、利活用の一環として猪肉と熊肉を使う「イノクマ鍋」を共同で開発した。従来の鍋よりも高い価格が設定されているが、地元客を中心に評判を集め、新たな名物として徐々に認知が広まっているそうだ。提供時には食材や料理にまつわるストーリーをあわせて伝えていることも、人気を後押ししていると藤木さんは話す。

西会津町ではこうした取り組みを足掛かりに、将来的な地元産ジビエの流通を見据えて観光部会、飲食部会、商工部会が設置された。肉そのものを販売するだけではなく、多角的な視点で新たな観光資源へと育てる構想が進められているそうだ。

また、同じく協会が関わる宮城県大崎市では、観光名所である鳴子温泉をはじめ、地場の日本酒や米、飲食店などにジビエを結びつけ、インバウンドも視野に入れた地域一体の観光コンテンツとして、すでに具体的な取り組みが形となっている。

GIBIER de 地方創生 イメージ図

「いざジビエをはじめようといっても、抱えている課題は地域によって異なります。一つの成功モデルをそのまま当てはめるのではなく、それぞれのスケールと方法でやることが必要です。日本各地には名産品や温泉、伝統文化などさまざまな観光資源があります。それらとジビエを上手く結びつけ、特色を生かしながら価値を高めていくことを協会では『GIBIER de 地方創生』として提案をしています」

国産ジビエの産業化に向けて広がる輪

振興協会を中心に、国産ジビエの産業化に向けた動きは広がり始めている。その一方で、狩猟・捕獲から解体など、産業を川上で支える担い手たちにはどのような変化が起きているのだろうか。藤木さんによれば、近年は自治体やハンター、処理施設といった従来の関係者だけでなく、民間企業からの参入が増えてきているそうだ。

「10年ほど前は、企業がジビエに関わるといってもCSR、いわゆる社会貢献としての意味合いが強かったんです。でも今は、自社の持っている知見と技術をどう生かせるのか、ビジネスとしてどんなリターンを生み出せるのかを考えて参入する企業が増えています。『うちの商品を売ってほしい』ではなく、『ジビエを軸に一緒に何ができるか考えたい』という相談が協会にも多く寄せられるようになりました」

この背景には、鳥獣被害が全国的な課題として認識されるようになったことに加え、SDGsの浸透によって、企業が社会課題への関わりを単なる支援ではなく、継続可能な事業として捉える動きが高まったことが挙げられる。また、この波は個人、特に若い世代を中心に広がり始めているという。

調理学校にてジビエについて講義を行う藤木さん

「ここ数年、大学や料理学校からジビエをテーマにした講座や授業の依頼が増えています。満席になることも多く、熱心に質問をしてくる学生もいますね。さらに、昨年(2025)全国的に話題となったクマ被害も相まって、狩猟免許を取ろうとする人も増えています。講習会が抽選になったり、開催回数を増やしたりして対応しているという話も聞くようになりました」

こうした関心の高まりを一過性のものにせず、定着させていくことが重要だと藤木さんは考える。どれだけ川上の担い手が増えようとも、関連するすべてに利益がきちんと循環しなければ持続的な産業として成り立たせることは難しい。実際に、現在多くの処理施設が赤字経営を余儀なくされるなど課題はまだ残されている。

自治体やハンター、処理施設、民間企業など、異なる立場の担い手をつなぎ、業界全体に利益が循環する仕組みを構築すること。ジビエ2.0で推し進める国産ジビエの価値向上に加え、業界全体の仕組みづくりも協会の大きな役割だ。

今後の目標について尋ねると、藤木さんは「活動当初から変わらず、国産ジビエを日本の食文化に定着させることです」と言い切る。

「大阪・関西万博でジビエ餃子を提供していた際、ある親子連れがブースに来たんです。子どもたちはジビエを『食べてみたい』と興味を示してくれたのですが、親御さんは『ジビエなんてまずいからやめなさい』と止めるんです。私が『食べたことあるんですか?』と聞いたら、実は食べたことがないと。先んじて子どもたちに食べてもらったところ、『おいしい』と言ってくれて、それまで嫌がっていた親御さんも『じゃあ食べてみようかな』と言っておいしく食べてくれました。出店期間中、同じような光景に何度も直面しました。

結局のところ、ジビエを広げていく上で大きな壁になっているのは、先入観やイメージなんだと思います。それは、私が長野で経験したことと、本質はきっと同じところにあるように思います。ジビエへの認識を変えるには、実際に食べて『おいしい』と知ってもらうことが一番です。そのきっかけを広くつくるために、これからも活動を続けていきます」

農林水産省の直近のデータによれば、国内では年間約140万頭のニホンジカやイノシシが捕獲されている。そのうち、ジビエ肉として利活用されたのはわずか1割にとどまり、ほとんどは廃棄物として焼却や埋設によって処理されている。これはあくまで上記の2種のみの数値で、クマや鳥類などほかの野生鳥獣は含まれていない。

振興協会は、食肉の利活用の割合を少しずつでも高めていくことを目的としている。その根底にあるのは、野生鳥獣たちの命を無駄にせず最大限活用するという考え方だ。決して産業や利益のために必要以上の命を奪ったり、生態系を壊したりすることが目的ではない。

現在、かつて保たれていた自然と人の暮らす地域との境界が揺らぎ、野生鳥獣による被害は全国的な課題とされている。だが、そこに人間側のエゴが一切無いと言えるだろうか? 自然と社会、田舎と都市、命と金。国産ジビエの産業化は、それらの間に横たわる無関心に目を向ける契機としての可能性も秘められているように感じる。


日本ジビエ振興協会
2017年3月設立。長野県茅野市に本部を置く、国産ジビエの普及促進と地域活性化を目的とする一般社団法人。前身となる団体は2012年に発足。シカやイノシシなどの野生鳥獣を食肉資源として有効活用するため、衛生管理技術の普及や人材育成、流通体制の整備などに取り組む。主な活動には、移動式解体処理車「ジビエカー」の開発、「日本ジビエサミット」の開催、料理コンテストや各種講習会の実施などがある。鳥獣被害の軽減とジビエの産業化を通じ、自然と人間が共生する社会の実現を目指す。代表理事は藤木徳彦氏。


取材・文・写真:土田洋祐
取材協力:日本ジビエ振興協会
     オーベルジュ・エスポワール
     学校法人服部学園 服部栄養専門学校
     

bizSPA!編集部

美味しい料理や、素敵な音楽に出会ったときに生まれる仕事へのモチベーション。
記事を通してそんな気持ちを呼び起こすことを目指しています。

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