「経営は超ギリギリ」大手企業を辞め、チェンマイで少数民族ツアーを事業化。マニタビ代表が語る、この生き方を選んだ理由

海外で起業して収入が上がった、という景気のいい話ではない。少なくとも、今はまだ。
タイ北部・チェンマイで、少数民族の暮らしを体験するツアーを展開する「マニタビ(Mani Tabi)」代表の坂田直人さん。30代で経営コンサルティング会社を辞め、海を渡って起業した。現在、社員は4人。経営は「超ギリギリ」で、収入はいまも会社員時代のほうが高いという。
安定した会社を離れた先で、坂田さんは何を選んだのか。外から来た一人の日本人が、村の人々と関係をどう築き、その暮らしや文化を生かした体験を事業として形にしていったのか。
目次
「見学」ではない。秘境の村で少数民族の暮らしに入るツアー
チェンマイ市街地を出て車で約4時間。山あいの道を登りきった先に、少数民族のタイルー族が住むワンパイ村はあった。霧をまとった山が集落の背後に迫り、木造の高床式家屋が一本の道沿いに連なる。「秘境」という言葉が大げさに聞こえない場所だ。
タイ北部には観光客向けに整えられた少数民族の村もあるが、ここは違う。見せるための村ではなく、伝統と暮らしが根付く村だ。

到着してまもなく、家の床に敷かれたゴザの上で、参加者と村人が輪になった。中央には黄色い花と葉で編んだ盆。卵とバナナが盛られ、小さな灯りが揺れている。外から来た人間を村の一員として迎え入れる歓迎の儀式だ。初めて訪れた筆者たちをとくに警戒する様子もなく、子どもたちもすぐに心を開いて一緒に遊んでくれた。

歓迎の儀式の様子。花と葉で編んだ盆を囲み、参加者と村人が輪になる
マニタビのツアーは、こうした文化を外から“見学”して終わらない。儀式に加わり、少数民族に伝わる料理をともに作り、一緒に食卓を囲む。参加者が村人と近い距離で交流し、暮らしの一部に加わる。これを坂田さんは事業にしたのだ。ただし、現在の形になるまでには「いくつもの試行錯誤があった」という。
儲かる保証はない。喜ぶ人がいる確信だけがあった
かつて大手自動車メーカーやコンサルティング会社に勤務していた坂田さんは、学生時代にタイへ留学。その経験を買われ、入社後は海外営業としてタイを担当していた。
留学中には、自身の価値観を大きく変える出来事もあった。行きつけだった屋台の店主に「もっと値上げして儲けられるのでは」と持ちかけたところ、返ってきたのは「家族が食べていければ十分だ」という言葉だった。

留学時代にクレープ屋台の店主と
当時の坂田さんは、屋台で働く人をどこか下に見ていたという。しかし、この言葉をきっかけに、自分とは異なる価値観や生き方に触れることの面白さを知った。そうした出会いを、今度は自分が旅行者に提供したいという思いが、後のツアーの発想につながっていく。
「会社員生活も基本的には楽しかったです。お客さんと一緒に仕事をするのも良かった。ただ、それ以上に『自分だからこそできること』『自分にしかできないこと』をやってみたい気持ちが強かったですね」
とはいえ、その思いだけで会社を辞めたわけではない。2022年夏にはチェンマイを訪れ、事業の可能性を探った。翌2023年の年始には、コーヒーの収穫と文化体験を組み合わせたトライアルツアーを実施。退職を決めたのは、そのすぐあとだった。

退職前に実施したトライアルツアーにて
「その時点で儲かる見込みが立ったわけではないんです」と坂田さん。それでも退職を決めた背景には、トライアルツアーで得た手応えがあった。「なにより、自分がこういうことが好きだったから。あと、トライアルツアーを通じて、やったら喜んでくれる人、楽しんでくれる人が、多くはないかもしれないけど『いる』ことを感じられた。それが結局、踏み出すきっかけになったと思います」
報酬だけでは動かない村とどう組むか
トライアルツアーを通じて、参加者に喜んでもらえる手応えは得た。ただ、それを継続的な事業にしていくには、旅行者を受け入れてくれる村を見つけ、現地の人たちと一緒に体験内容をつくっていかなければならない。
そもそも村の人にとって、旅行者を迎えることは本業ではない。そこへ外から来た日本人が入り、「村の暮らしを旅行者に体験してもらいたい」と持ちかける。単に対価を提示すれば協力してもらえる、という話ではなかった。現在、マニタビがツアーで訪れる村は主に5カ所ある。最初につながったのが、前述のワンパイ村だ。

ワンパイ村にて。左右に並ぶのは、村の人と参加者たち
初めて訪れたのは2023年5月。まだ会社員だった坂田さんは、ゴールデンウィークに2泊3日で滞在した。移住後の同年10月には、3週間にわたって村に滞在している。
「一応、ツアー開発ですね。村で何ができるのかを知ること。それと、村の人と仲良くなることを目的にしていました」

当初は「物好きな日本人が来た」という程度に見られていたという。ツアーを作りたい坂田さんと、文化や暮らしを知ってほしい村側。方向性は最初から一致していた。それでも、一緒に事業をやる関係になるまでには段階があった。
「二段階くらいあると思っています。一段階目は、一緒に仕事を始めるまで。やりたいことを共有して、何ができるかを考える。そこまでは1〜2カ月とか、何回会うかにもよると思います」
当初は互いのやり取りがうまくかみ合わないこともあった。ほかの村では1〜2カ月前に日程を伝えていたが、2日前になって「その日は無理だ」と言われたこともあったそうだ。参加者はすでに8人決まっていたが、急きょ行き先を別の村に変え、体験内容も切り替えて対応した。
一方で、坂田さん自身も「1カ月前に連絡して、そのまま放置していた」と振り返る。それ以降、直前のリマインドを欠かさなくなった。
坂田さんによれば、村との関係にはもう一段階先があるという。ツアーを一緒につくるだけでなく、村が抱える課題そのものを共有する関係だ。
「関わりはじめてから1年、2年と時間がたつと第二段階がきました。旅行だけじゃなくて、『今、村にこういう課題があるから一緒にやろう』となる。村という環境全体を良くしていくところまで、関係が深まった気がしましたね」
その一例が、2024年9月にタイ北部を襲った洪水だ。ワンパイ村も一部が水没すると、過去のツアー参加者に呼びかけて募金を集め、太陽光発電で川の水を汲み上げる設備の導入を支援した。「本当に組めるようになったと感じたのはそこからですね。村の人は、お金だけじゃない価値観、人とのつながりを大事にしているように感じています」と坂田さん。

太陽光発電の設備現場。坂田さんと村人たち
ツアーという取引を超えて村の課題にも関わるようになったことで、両者の関係はさらに深まっていった。
大手に真似できないのではない。人間関係構築が肝

「村を買いたたくような形にはならないようにして、できる限り村にも還元するようにしています」
マニタビのツアー料金は、宿泊や食事、森での体験など、内容ごとに村側と話し合って決めている。ワンパイ村の場合は、2泊3日で1人9,000バーツ〜(約4万円)。売上のおよそ25〜40%が村へ渡る。残りから車代、ガソリン代、ガイド代が出ていく。
参加者は1人から受け入れており、通常のツアーは基本的に10人前後としている。村人やガイドの目が届く範囲を意識してのことだ。学校や企業の団体研修については、受け入れ体制を別途組んだうえで20〜40人規模に対応することもある。
ツアーの実施回数は2025年7月の5回程度から、2026年7月には10回まで増加。1〜7月の累計参加者数も前年同期の約2倍となった。月商は約20万バーツ(約90万円)で、社員4人の給与などを支払う。
「少しずつ軌道に乗りかけているかな」と坂田さん。当面は月商30万バーツ、繁忙期には40万〜50万バーツを目標にしている。
一方で、こうした小規模なツアーは大手旅行会社が同じように展開し、競合となる可能性はあるのだろうか。
「真似できなくはないと思います。ただ、あまりやらないかなとは思っています」
理由の一つが、市場の規模だ。チェンマイで少数民族の文化を体験するツアーという時点で対象は限られる。加えて、村との関係を一から築き、現地の事情に応じてその都度調整する必要もある。
「大企業だと、ある程度ちゃんとした収益性を確実に取っていかないといけないと思うので、そこまで大きなリソースを割いてやるものではないのかなと思っています。また、文化への興味や熱意を持って実際に足を運んできたからこそ、村の人と関係が築けていると思います」
つまり、特殊な技術があるから大手にはできないわけではない。市場の大きさに対して、村との関係構築や現地での調整にかかる手間が大きいことが、結果として参入のしづらさにつながっている。
もっとも、坂田さんは大手旅行会社を競合として捉えているわけではない。
「大手がやることと自分がやることを分ける。棲み分けだと思っています」
最近では、マニタビが大学生向けの教育プログラムや高校生のフェアトレード研修などにも活用されるケースも増えてきているようだ。大手旅行会社や教育系旅行会社とも話を進めるなど、他社との接点・連携も増えているという。

研修プログラムの参加者と、店舗前で
「僕たちだけではアプローチできる人が限られるので、そこは連携してやっていきたいと思っています」
収入は下がった。それでも「今のほうがいい」と言える理由

タイ北部・カレン族の村にて
冒頭に書いたとおり、坂田さんの収入は、いまも会社員時代のほうが高い。責任は増え、経営はギリギリだ。それでも今の選択がいいと言い切る。
「今は、自分で舵を切って人生を動かしている感覚があります。それと、よりダイレクトにお客さんとつながれる。自分でお客さんを集めて、体験してもらって、そこからフィードバックをもらえる。それが面白いですね」
参加者の感想の中で特に記憶に残っているのは、「心の中に埋もれていた好奇心を思い出した」「学びと感動、刺激と安らぎの全部がありました」とのこと。「お客さんの心を動かせた瞬間が最も楽しい」と坂田さんは語る。
また、これから何かを始めたい人に向けて、坂田さんはこう話す。
「やりたいアイデアがあるなら、まずスモールに一回やってみるのがいいと思います」
坂田さん自身、日本で外国人向けの農業体験を試したことがある。だが、モチベーションが上がらなかった。そこで、自分は海外でこういう体験を作りたいのだと気づいたという。
小さく試すことで見えるのは、市場性だけではない。自分が本当にそれをやりたいかどうかも分かる。
村へ通い、ツアーとして形にするまでにも時間をかけた。事業はやっと軌道に乗りかけたところだ。坂田さんは、自分で選んだ道の上にいる。
取材協力:マニタビ(Mani Tabi)
取材・文・写真:伊藤良二
編集:土田洋祐