大手美容クリニックを離れ、新宿二丁目へ。患者の「なりたい」に向き合う、PRIDE CLINIC

東京・新宿二丁目。かねてから日本最大のゲイタウンとして栄え、近年では“nichome”という名で海外にも知れわたり、世界からも多くの観光客が訪れている。いまもなお、あらゆる多様性が交錯するこの町に、唯一の美容クリニックとして看板を掲げるのが『PRIDE CLINIC』だ。
院長の久野賀子さんは、「誰もが自分らしくいられるこの場所で、頑張っている人の力になりたい」と話す。その背景には彼女自身がこれまでのキャリアや生活で感じてきた、社会の当たり前に対する違和感と、独自の価値観と文化が積み重なる新宿二丁目という土壌とのマッチングがあった。
二丁目が教えてくれた自分らしさ
PRIDE CLINICの開業は2024年。まだ新しい美容クリニックだ。院長を務める久野賀子さんは、大手美容医療クリニックに長年身を置き、美容皮膚科診療に加え、新入職医師の指導やVIP対応などを担い、医師として幅広いキャリアを持っている。そんな久野さんは、なぜこの町に自らのクリニックを開くに至ったのだろうか。
「開業の2年くらい前ですかね。知り合いの男性看護師の紹介で、初めて二丁目のゲイバーに行ったんです。そこには、さまざまなジェンダーやセクシュアリティの人たちがいて、誰もが自分の意見をしっかり持ちながら、それを互いに受け止める雰囲気がありました。性別や外見で判断せず、まず話を聞いてみる、みたいな感じです。それがとても居心地がよくて、すぐに好きになりました」
当時、コロナ禍での出産を機に、義父母との間に生じたジェンダーをめぐる価値観の違いに悩みを抱えていたという久野さん。ゲイバーでの鮮烈な体験は、自分らしく生きることへの勇気付けと同時に、人生を開く後押しにもなった。

「ちょうどそのころ、30代の半ばを迎えて自分の人生をどう残すのかを考えていたんです。家名やお墓みたいなものじゃなく、自分自身が納得できる生きた証をつくりたくて。具体的にいえば教科書に載りたかったんです。ただ、それは代表という絶対的な存在がいる企業で実現するのは難しいし、気に入られるために取り入るのも嫌だった。なら自分のクリニックで自分の意見を発信する方が合っているかなと」
一見すると、美容医療との親和性が高い新宿二丁目という立地には、戦略的な狙いも感じられるが、「その視点は一切なかった」という。「とにかくこの町が好きだったから。町に溶け込みたかったというのがここで開業した一番の理由でした」と久野さんは当時を振り返った。
PRIDE CLINICが貫く「プロとして向き合う」姿勢
現在の美容医療では、施術によって身体的特徴や戸籍上の性別をもとに、受けられる施術や料金が分けられていることがあり、望むように施術を受けられないセクシュアルマイノリティがいることが一つの課題となっている。
一方で、提供する側に寄り添う姿勢がないという単純な話でもない。性自認やセクシュアリティ、どこまでを心理的な負担と感じるかは患者によって異なり線引きが難しい。患者の性自認と同性のスタッフが施術を担当したとしても、両者に心理的な抵抗が生じないとは限らない。
施術を受けたい人がいるなかで、提供する側もどこまでどう対応するべきか判断が難しいというジレンマが生じているのだ。
そうしたなか、PRIDE CLINICでは、“美しさを追求するすべての人へ”を理念に掲げ、患者の属性に関わらず、分け隔てなく対応するスタンスを取っている。その根底には「プロとして向き合う」という信念がある。

「身体的な性別で分けるのか、自認する性別で分けるのか。もし、施術中に性的な反応が生じるかもしれないという理由で同性のスタッフを担当させるのであれば、ゲイやレズビアンの場合はどうするのか、という話になりますよね。そうした、仕事と“気持ちの問題”が一緒に考えられているから、『プライバシーへの配慮』という曖昧な線引きにつながっているんじゃないかと思っていて。そこにずっと違和感がありました。
私たちの仕事は患者からの『こうなりたい』という要望に技術や知識で応えること。施術する側の個人的な感情と仕事は切り分けています。その姿勢が前提にあるなら、患者の属性でこちらがわざわざ線引きする必要はないじゃないですか。それがプロとして当然のことだと思っています」
同クリニックでは、直近で増えている海外からの患者に対しても、「外国人だから対応できない」と線を引くのではなく、まず相手の話を丁寧に聞くことを重視している。また、多様な患者が利用しやすいトイレやメイクスペースを設けるなど、その考えは院内のつくりにも表れている。
2年ほど通う患者は、「ここはコンシェルジュを挟まずに直接カウンセリングできるので、悩みや要望を伝えやすい。他所では高価な施術も、申し訳ないくらいの価格で受けられて非常にありがたいです。エステに通うような感覚で来ていますね」と話す。
こうした距離の近さは診療後も変わらない。久野さん自身が公式LINEを管理し、時間外や休診日でも患者からの相談に対応。施術後の腫れや痛みなどについて連絡があれば、必要に応じて直接診察することもあるそうだ。
継続してホルモン注射を行っている患者が、旅先などで針やシリンジを切らし、相談に訪れるケースもあるという。その際には必要なものだけを提供するなど、保険診療の枠にとらわれない自由診療の強みを生かし、個々の事情に応じて柔軟に対応している。こうした一連の対応について、久野さんは自身の考えをこう話す。

「私は、誰彼構わず弱い立場にいる人を助けたい、という感覚はないんです。マイノリティは社会的に弱い立場に置かれることもありますが、だからという理由だけで支えたいわけではない。どんな属性の人なのかよりも、頑張っている人や、夢や希望を持って前に進もうとしている人を応援したい。その人が何をしたいのか、どう生きたいのかを見て、その力になりたいんです」
多様性の町とともに、未来へ
話を聞くだけでも、その多忙ぶりが容易に想像できる日々を過ごす久野さん。だが、その活躍はクリニックだけにとどまらず、さらに幅広い活動を行っている。
その一つが、クリニック公式YouTubeチャンネルなどを通じて、美容医療の疑問やマイノリティたちが置かれている実態、二丁目の飲食店やそこで働く人たちの姿を発信する取り組みだ。
「何か大きな目標があるってわけではなくて、趣味みたいな感じです。好きな場所で、好きな人たちと飲んでいるところを撮ってるだけですよ(笑)」と本人は笑って話しつつも、多様性の魅力を映し出そうともしているという。
「この町ではそれぞれの考えに自信をもってオープンに話せる人がたくさんいて、それを受け入れる空気があります。自分とは違う価値観を持つ人と関わることで、思い込みに気づくこともあるし、相手を尊重できるようにもなる。
それに、視点が変わることで自分のいいところにも気が付けるとも思う。私が初めてゲイバーに訪れたときもそうでした。そうやって多様な価値観が交わることで、それまでになかった新しい考え方も生まれてくるんじゃないかなと思っています」

多様な価値観に触れることで自分自身を見つめ直す機会を、若い世代にも届けようとしている。全国規模の学生向けミスコンテスト『MISS UNIVERSITY 2026』では理事兼審査員を務め、外見だけではなく、その人が何を大切にし、何を考え、社会に何を伝えようとしているのかまで含めて「美しさ」を捉える場づくりに携わった。
「若い子たちには、いろいろな社会と関わる経験をしてほしいんです。いろんなことを見て、触れて、考えるきっかけを持ってもらいたい。多様性が広まっていくであろう未来に向けて、そういう機会をつくることは、私たち大人世代がやらなければいけないことだと思っています」
限りなく患者に寄り添い、次世代の教育にも目を向けながら、多忙な日々を送る久野さん。最後に、今後の展望について尋ねてみた。

「クリニックは今の方向性で間違っていないと思っているので、このまま5倍成長を目指していきたいです。ただ、店舗をどんどん増やしたり、すぐに海外展開したりということではなくて、まずは目の前にあるクリニックや二丁目での活動を大切にしたい。SNSやミスコン、メディアへの発信も、あと5年くらいは地道に続けていこうと思っています。
いま自分ができることに集中しながら、その先でまた新しくやりたいことが見つかればいいなと思っています。忙しさはもちろんありますが、仕事終わりに近くで一杯飲めばリフレッシュできてます(笑)。大好きなこの二丁目とともに、これからも前に進んでいきたいです」
PRIDE CLINIC
2024年開業。理念に“美しさを追求するすべての人へ”を掲げ、一人ひとりに必要な選択肢を丁寧に提示する美容医療を提供するとともに、性別や性的指向などにかかわらず、誰もが望む美容医療を受けられる環境づくりに取り組む。また、診療だけにとどまらず、YouTubeやイベント、さまざまな団体との活動を通じて、多様性や「自分らしく生きること」について発信している。
取材・文・写真:土田洋祐