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ヤクザに憧れ右翼団体に。更生して営業マンになった23歳男子の誓い

キャリア

 東京中野区野方にある寮「至誠館」。この寮では10代後半から20代前半の男性が共同生活を送っています。彼らの共通点は、少年院を出た元非行少年だということ。運営元は犯罪を犯した青少年の自立支援を行う、NPO法人クラージュです。

川崎さん

リフォーム会社の営業マンとして働く川崎さん(23)

 寮で暮らしながら、リフォーム会社の営業マンとして日夜働く川崎涼さん(23歳)もそんな元非行少年の一人。自分の罪とどのように向き合い、更生に至ったのかを聞きながら、元受刑者の社会復帰のために重要なポイントを探ります。

ヤクザにあこがれる少年だった

――クラージュに来るまでの経歴を聞いてもいいでしょうか?

川崎涼(以下、川崎):20歳のときに東京の多摩少年院を出て、ここで暮らし始めました。今年で4年目になります。もともとは茨城県の出身です。普通の家庭で生まれました。

 ちょっと違うことといえば、おじいちゃんがそっちの筋の仕事をしていたことです。羽振りもよくて、かっこいい。小さい頃の僕の憧れでした。思えば、おじいちゃんにあこがれたことが、非行に走るきっかけだったのかもしれません。

――10代のころはどんな生活をしていましたか?

川崎:おじいちゃんの影響もあってずっとヤクザの世界にあこがれていました。それで東京に1回出てみようと、16歳のときです。最初は未成年だからと断られたのですが、「部屋住み」という形をとってもらうことになりました。掃除をしたり、他の人の身の回りの世話をしたり、要するに修行みたいなもんです。

 ただ、そういう世界なので、一緒に住んでいる人が捕まったりして。それでいったん茨城に戻ることにしました。でも、悪さをするのは変わらず。見かねた親に紹介してもらって、18歳のときに地元を離れて神奈川で働くことになりました。

喧嘩がきっかけで右翼団体の構成員に

喧嘩 暴力

※画像はイメージです

――神奈川での生活はどうでしたか?

川崎:いたって普通ですよ。家電を解体する工場で働いて、友人と遊んで、悪さもしませんでした。でも、茨城にちょっと帰省したときにまた元の道に戻るようなことになってしまったんです。

――それはどうして?

川崎:友達と地元の祭に遊びに行ったんですが、しばらくして友達とはぐれてしまったんです。探しに行ってみたら地元のヤクザが彼を集団でリンチしていた。黙ってみているわけにもいかず、ボコボコに殴り返したのですが、これがダメでした。

 今思えば警察を呼んで助けてもらえばよかったんですが、プライドが邪魔してしまい、結局、地元の右翼団体に彼らとの間を取り持ってもらうことに。“貸し借り”みたいな世界ですから、義理もあり、構成員にならざるを得ず……。

――右翼団体ではどんなことを?

川崎:街宣車に乗って靖国神社に行ったり、千代田区にある省庁の建物の前で抗議活動をしたり、いろいろしましたね。その中で、今思えば本当に自分勝手なんですが、上の指示で先輩をダマし、金をよこせと暴力を振るってしまいました。それで強盗致傷という罪で19歳のときに多摩少年院に送致されることになりました。

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