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米国の警告を無視したロシアで大規模テロ。フランスでも計画されていた犯行は人ごとではない

コラム, 学び

ウクライナに侵攻中のロシアで1週間ちょっと前にテロ事件が発生した。ウクライナ側が関与しているとニュースの見方を誘導する動きもロシア国内にあるらしい。

しかし、実際は関係ないと語る専門家の意見が主流で現に、イスラム国(IS)が犯行声明も出している。イスラム国(IS)、日本人にはどこか、懐かしい響きではないだろうか。

ニュースで一時期、毎日のように聞いていた、イスラム教スンニ派の過激派組織の名前である。今回のロシア大規模テロに関与したイスラム国(IS)の実行犯が、フランスでも同様のテロを画策していたとマクロン大統領が発表しているらしい。

今年は、そのフランスで五輪が開催される。渡航予定がある人はもちろん、知人や友人、家族に渡航予定がある人も、人ごとではない状況になってきた。

そこで今回は、国際安全保障、国際テロリズム、経済安全保障などを専門とする和田大樹さんに、ロシアで起きた大規模テロの裏側と、海外でテロに遭遇した際の対処法を教えてもらった。

米国の警告を一蹴した結果、テロが起きた

大統領選で5選を果たし、2030年(令和12年)まで政権を運営していくと決まったばかりのプーチン大統領に衝撃が走った。

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首都モスクワ郊外のクラスノゴルスクにあるコンサートホールで3月22日夜、迷彩服を着用した若い男たちが現場に居た観客らに向けて自動小銃を乱射し144人が死亡した。

これまでの報道によると実行犯たちは、アフガニスタンを拠点とするイスラム過激派イスラム国ホラサン州(ISIS-K)という組織と関わりがあるようだ。

ホラサン州とは、聞き慣れない名称だが、イスラム国(IS)の一派だ。2015年(平成27年)、イスラム国(IS)に忠誠を誓ったとされる。

アメリカ合衆国政府公式サイトには次のような解説がある。

“アフガニスタンに拠点を置くテロ集団であり、アフガニスタンとパキスタンで活動している”(アメリカ合衆国政府公式サイトより引用)

ロシアは事前に、今回のテロについて米国から警告されていた。しかし、プーチン大統領は、アメリカ側の警告を一蹴した。結果としてテロが起こり、プーチン大統領のイメージに傷が付いた。

テロを未然に防げなかったリーダーに対して今後、不満が広がる可能性があろう。

一部には、ウクライナ侵攻で、軍事や治安面の多くを対ウクライナに注ぎ込み、国内の安全がかえって手薄になった結果、テロ組織に隙を突かれたとの見方もある。

イスラム過激派のテロで日本人が犠牲となるケースも

イスラム教の過激派組織が欧米の西側諸国を、テロの対象にしているイメージは強いかもしれない。

例えば、2015年(平成27年)11月、西側諸国の軍事介入の報復として、フランス首都パリの競技場、劇場、レストランなどで同時多発テロを引き起こした。

その西側諸国と対立している現在のロシアを、イスラム教の過激派組織がテロのターゲットにするとは、日本人のイメージからするとちょっと意外に見えるかもしれない。

しかし、中東のシリアでロシアは、アサド政権の政府軍と対立するイスラム国(IS)を空爆してきた歴史がある。ロシア、およびロシア国境へのテロ拡大を防ぐためだ。

そもそも、イスラム国(IS)とは、中東のイラクで活動を開始し、イラクの隣国シリアでの反政府運動の混乱に乗じ、広大な地域を支配下に置いた歴史がある。「建国」まで宣言したほどの武装勢力だ。

イスラム国(IS)にはロシア出身の戦闘員も含まれるがロシアは空爆してきた。今回のテロは、その報復とみられる。

幸いにも、今回のテロに日本人が巻き込まれたとの情報はない。しかし、過去には、

2015年(平成27年)3月:チュニジア・バルドー国立博物館襲撃テロ事件(邦人3人死亡)

2016年(平成28年)3月:ベルギー・ブリュッセル連続テロ事件(邦人1人負傷)

2016年(平成28年)7月:バングラデシュ・ダッカレストラン襲撃テロ事件(邦人7人死亡)

2019年(平成31年)4月:スリランカ同時多発テロ(邦人1人死亡)

のように、イスラム過激派によるテロで日本人が犠牲となるケースは断続的に見られる。

フランスでも実行犯はテロを計画していた

さらに、フランスのマクロン大統領は最近、この事件の実行犯が以前に、フランスでもテロを計画していたと言及した。

フランス、イタリアなどは、ロシアでのテロを受けて国内のテロ警戒レベルを最高水準に引き上げた。

ドイツ、オーストリア、オランダなどでは、イスラム国ホラサン州(ISIS-K)絡みのテロ未遂、容疑者の逮捕が相次いで報告されている。欧州では、テロへの警戒が強まっている。

さらには、この夏にはパリ五輪がフランスで開催される。同国国内では、テロへの警備が間違いなく強化される。

「平和の祭典」である五輪とテロは決して無関係ではない。1972年(昭和47年)のミュンヘン五輪で、パレスチナの武装集団・黒い9月がイスラエル選手団を襲撃し11人が死亡した。

現在のところ、高い確率でテロが欧州で発生するわけではない。欧州への出張や旅行に支障が出ている段階でもない。

もちろん、テロの脅威に過剰反応する必要はないが、普段以上の警戒心を持っていて損はない。

・国際空港、大都市の繁華街など人でごった返す場所には長居しない

・イスラム過激派の標的となるような欧米およびイスラエルの大使館、ならびに領事館には極力近付かない

・キリスト教やユダヤ教の施設などには極力近付かない

など、個人でできるテロ対策を意識する必要があるだろう。

日本の外務省からも、外国関連施設・宗教施設・リゾート地・ホテル・公共交通機関・市場・繁華街・観光スポットなどで注意を払うように情報が出ている。言い換えると、外国人観光客が立ち寄りそうな場所が危険な場所として指定されている。

万が一、テロに巻き込まれたら、どうすればいいのか。まずは、身を隠し、パニックにならず冷静にその場から去るなどが考えられる。

外務省からも、爆発音や銃声を聞いたらその場に伏せる、頑丈な物の陰に隠れる、事件現場に居合わせたら低い姿勢を保ち安全な場所に避難する、建物の下敷きになったら体力を温存し、有害物質を吸い込まないよう努力するなどが挙げられている。

さらに、事件に遭遇したら、大使館・総領事館へも忘れずに連絡したい。外国に滞在する日本人の安否確認のためだ。

しかし、言われてみれば当たり前のこれらの行動も、いざ直面すると難しい。少なくとも、出張などで渡航予定があるビジネスパーソンは、シミュレーションだけでも繰り返しておきたい。

[文/和田大樹]

[参考]
※ 海外旅行のテロ・誘拐対策 – 外務省領事局邦人テロ対策室
「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)の退潮と今後の展望 – 公安調査庁
イスラム国ホラサン州(Islamic State’s Khorasan Province: ISIS-K) – アメリカ合衆国政府公式サイト

専門分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事するかたわら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。特に、国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行う。テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室、防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。多くのメディアで解説、出演、執筆を行う。
詳しい研究プロフィールは以下、https://researchmap.jp/daiju0415

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