bizSPA!フレッシュ

売上ゼロで始めた職人の後継ぎ探し支援。共感の輪で収益化を実現するまで

今の時代、自分にとって損か得かを考えたり、何につけて「コスパ」や「タイパ」を気にしたりしてしまいがちだ。

もちろん「コスパ」「タイパ」を意識した記事をbizSPA!フレッシュでも過去にたくさん出してきた。それらを意識した記事を今後もつくるだろう。

しかし、世の中の価値観は損得勘定だけではない。自分の損得感情を度外視して行動する人は居るし、自分を超えた何かのために動く人は美しい。

そこで、自分以外の何かのために、自分の損得を超えて活動する人たちを連載で紹介したい。

〈ニッポン手仕事図鑑〉編集長の大牧圭吾さん

第1回の今回は、後継者不足に悩む日本各地の産地と未来ある若者をマッチングさせる動画メディア〈ニッポン手仕事図鑑〉編集長の大牧圭吾さんを取り上げる。

情報の掲載料を取らず、広告も掲載せず(詳細はインタビューに譲る)5万円の軍資金でスタート、担い手不足の産地をひたすら巡って、現場の悩みや問題点を拾い、未来ある若者とマッチングさせてきた人だ。

その取り組みはやがて、広がりを見せ、共感の輪を拡大し、地方自治体などから応援される媒体になった。

大牧さんへのインタビューは、bizSPA!フレッシュの寄稿歴も長い伊藤祐さんにお願いした。伊藤さんも、シンガポール発ベンチャー企業の日本法人で社長を務める経営者だ。

社会的意義の高いビジネスにおける収益化についても経営者の目線から大牧さんの取り組みを深掘りしてもらった(以下、伊藤祐さんの寄稿)

自分の原体験をベースに「じゃあ、どうするか」を考え続けた

今回のインタビュー相手は〈ニッポン手仕事図鑑〉編集長の大牧圭吾さんだ。

コピーライターとして文章を書く仕事を中心にキャリアを築いてきた大牧さんが「多様な文化や風習、個性ある日本を次世代に残したい」と考え、2015年(平成27年)に立ち上げた動画メディアが〈ニッポン手仕事図鑑〉である。

メディア運営に加え、各種の情報発信活動、後継者インターンシップなど地域活性化分野を中心とした企画を運営し、じわじわと、描いたビジョンを確実にしてきた。

事業を推進するにあたって「もうかるか、もうからないか」という視点からは誰もが逃れられない。

「地方活性化」「伝統工芸の後継者育成」の課題であっても民間が取り組むのであれば同じだ。この問題については「ビジネスとして厳しいだろうな」との偏見が私にはあった。

しかし、大牧さんは、協力者の輪を広げ、全ステークホルダーが喜ぶ仕組みをじわじわとつくり出し、事業を推進してきた。3年間は売上を求めないと決意し、自分の原体験をベースに「じゃあ、どうするか」を考え続けてきたらしい。

大牧さんを目の前にすると、穏やかなまなざしと分かりやすい語り口に魅了される。「ああ、この人の話を聞きたい」と感じさせる天性の魅力をお持ちだ。

〈ニッポン手仕事図鑑〉拡大の理由の1つは、彼の存在そのものだなと強く感じるインタビューとなった。

大牧さん、および〈ニッポン手仕事図鑑〉がこれから、どのような影響を日本に与えるのか本当に楽しみだ。

「自分は何のために働いているのだろうか」と疑問を持ってしまいがちな私たちに彼の真っすぐな志はグサッと刺さる。ぜひ、最後まで読んでもらいたい。

〈ニッポン手仕事図鑑〉の予算は5万円

―― はじめまして。今日の取材を担当する伊藤と申します。自己紹介を最初にさせていただくと実は私は、専業のライターではありません。

外資系ベンチャー企業の日本法人で社長を務める経営者で、bizSPA!フレッシュではその立場から、自己啓発系の記事を書かせてもらっていました。

ただ、ちょうどネタが尽きかけていまして(笑)

誰かに会いに行く取材をそろそろ担当させてもらいたいなと思っていたところで、この連載の依頼を編集部から頂き、こちらにお邪魔させてもらいました。

大牧:どうぞ、よろしくお願いします。

―― まず、現在に至るまでのキャリアを中心に、ご自身の紹介をしていただけますでしょうか。

大牧:現在は〈ニッポン手仕事図鑑〉という動画メディアを運営していますが私は、もともと文章を書く仕事、コピーライターとしてキャリアを積んできました。

そのため〈ニッポン手仕事図鑑〉を始める時も、周りからは「ああ、記事系のウェブメディアだろうな」と思われていました。動画メディアの編集長をやると明らかにした時は周りから驚かれましたね。

―― 読む媒体と見る媒体は、運営の方法もコンテンツのつくり方も違う部分がたくさんあると思います。〈ニッポン手仕事図鑑〉とはそもそも、どのようなメディアなのでしょう?

大牧:現在中心となっているコンテンツは、焼き物や和紙、人形や竹細工などの伝統工芸に携わる方々の動画です。それら伝統工芸の産地だとか手仕事の魅力を動画で伝え、若い世代に関心を持ってもらうきっかけづくりをしています。

ただ、もともとは、伝統工芸を伝えようと思っていたわけではなかったですし、これからも違います。

もちろん「手仕事」の中には伝統工芸もありますが、それ以外にも、農業や漁業、林業や床屋さんなども含めて手仕事、さらには人を取り上げるメディアという風に自分では捉えています。

―― どうしてそのようなメディアをつくろうと思ったのですか?

大牧:私の父親はもともと京都出身、母親は長野出身です。両方のまちには、独特の文化や風習、個性などが色濃く残っていました。

日本は、隣町に行くだけで言語や文化、食べ物が違う個性の集合体です。こんなに珍しい国は他にはありません。

ただ、自分が大人になるにつれて、その濃度が薄れて、各地の個性が徐々に均質化されていると感じ、危機感を覚えるようになりました。

この独特の個性をつくっている要素は、そのまちや村、土地で働き、生活している「人」に他なりません。

この人たちにフォーカスするメディアをつくる、それが自分の追求すべきテーマなのではないかと感じたのです。

―― 確かに最近は、昔ならではの個性が徐々に薄れていって「便利は便利だが無機質」というエリアが増えている気もします。

大牧:そうですよね。この文化や個性を残すために、働き手にフォーカスするメディアづくりこそが、自分のできる地方活性化なのではないかと考えたのです。

美濃和紙の産地を巡る大牧さん

ちょうどその時、弊社の親会社であるファストコムの社長に、メディアづくりのチャンスを与えてもらえる話になりました。そこで、そこそこ大きなコピーライターの事務所をやめて転職しました。

ただ、私が入社した当時、親会社のファストコムは5名程度の人員しかおらず、新規事業に投資できる体力もそれほどありませんでした。

今となっては笑い話ですが〈ニッポン手仕事図鑑〉に割り当てられた予算は5万円でした。そのお金を使ってトップページのデザインだけをつくり、走り出しました。

―― 5万円の予算で新規事業というのはなかなか聞かないですね。お金に頼れないとなると、多くの創意工夫や努力が背景にあったのだろうなと思います。

大牧:はい。それに加えて「職人さんからお金を頂かない」「広告掲載もしない」というポリシーを掲げ、最初の3年間で売上は一切立てず、マネタイズを全くしませんでした。

その代わり、ファンをつくる活動にフォーカスし、職人さんをフィーチャーする動画を制作していく中で、伝統工芸産業が抱える課題が徐々に見えてくるようになりました。

地方自治体の応援で収益化も

―― 伝統工芸産業にいろいろと課題があるとはなんとなく私も感じますが、どのような課題が具体的にはあったのでしょうか?

大牧:本当にいろいろです。販路開拓や商品開発、情報発信、マーケティング、ECサイト構築などに苦心されている職人さんは多かったです。

とはいえ、これらの領域は、民間や国がすでに動いており、ある程度のサポート体制が確立されていたのです。

そう思って課題点を整理していくと、民間のプレイヤーも国も動けておらず、伝統工芸産業の未来においてクリティカルになりうる課題として「後継者問題」がありました。

―― 優れた技術を持っている職人さんは居るものの、その技術を継いでくれる方が居ないという問題はたびたび取りざたされますよね。

大牧:そうなのです。皆、後継者問題に気付いてはいるものの「じゃあどうするか」というアクションが取れていない。

このままの状況が続くと、近い将来つくり手が居なくなってしまう、そういう危機感を抱きました。

実は現在、日本全国に140校程度、職人を養成するための教育機関も存在するんです。

ただ、それらの学校から実際に職人の道に進める人は、一番いい数字の学校で2割、ほとんどの学校が1割にも満たないと、各校の担当者がおっしゃっていました。

―― そんなに多くの学校があるのですね。職人という生き方に興味を持っている人が多いが、その道に進む人が少ない。現役の職人の方々の受け皿が存在しないからでしょうか。

大牧:実は、そうではないのです。

〈ニッポン手仕事図鑑〉の動画作成でさまざまな職人さんたちとお話をしましたが皆さん、すべからく後継者を探していました。

受け皿は明らかにあるのです。そして、職人を養成する機関もある。さらに、やりたい方も居る。単に、マッチングができていないだけだと分かったのです。

―― なるほど。

大牧:このマッチングのために2018年(平成30年)から後継者インターンシップを試験的に始めたところ、後継者として職人の道に進む方が実際に複数名誕生しました。

後継者インターンシップの様子

本格展開した矢先にコロナ禍に入ってしまいいったんは自粛しましたが、2021年(令和3年)から再開し、13名の後継者がその年は誕生しました。

翌2022年(令和4年)も20名以上の後継者が誕生し、成功事例がどんどん増えています。

―― 素晴らしい成功ストーリーですね。職人を志す後継者の方の募集はどのように実施されているのでしょう?

大牧:大きく分けて2つのチャネルがあります。1つ目は、先ほど申し上げた140の教育機関との協力です。

ポスターを校内に張ったり説明会を実施したりして、インターンシップに応募したい方を募っています。

インターンシップのポスター

もう1つは〈伝統工芸インターン〉という名前でLINEアカウントを運営しており、そちらからの募集も受け付けています。

じわじわ登録者は増えており、5,000名を超える方々が今では登録してくれています。

学生だけではなく社会人の応募も2-3割はありますね。自分がやりたい職業のインターン開催を皆さん、待ってくださっています。

―― なるほど、これらのチャネルからだと熱量の高い方がたくさん応募してくれそうですね。

大牧:はい、ありがたいことに知名度も上がっており、いいサイクルに入っていると感じています。

地方自治体も予算をつけて、この活動を応援してくれているため、お金も入ってくるようになりました。

ただ、行政に頼るだけでは支援が難しくなってしまう地域や職業もあります。

行政の予算が付かない地域に関しては、応援するメリットがある事業者、具体的には航空会社や鉄道会社にスポンサードしてもらい、同様の活動を続けていきたいです。

―― 地域の活性化によって、航空会社や鉄道会社も長期的にはうるおいますし、彼ら自身でもそのような活動をしています。シナジーは大きそうですね。

大牧:おっしゃるとおりです。個人的な考えですが、テクノロジーやガジェットなどでこれから日本が勝っていくのは難しいと考えています。

圧倒的に日本が強い産業はやはり観光です。観光を盛り上げるためには、美しい景色や食べ物に加えて、買い物や体験といった要素のある伝統工芸のポテンシャルは極めて高いです。

伝統工芸を、日本ならではの観光資源として残していきたいし、伝統工芸を支援したいと考える事業者や個人の輪をどんどん広げ、後継者育成にも繋げていきたいです。

20代では多様性を培う

―― ここまでで、大牧さんの取り組みや人柄などが分かってきました。

そんな大牧さんに角度を変えてご質問です。大牧さんが20代の時に考えていたこと、仕事に対する姿勢をおうかがいできますでしょうか。

bizSPA!フレッシュの主な読者は若手ビジネスパーソンです。

「自分は何のために働いているのだろうか」と疑問を持ち、大牧さんのように生きたいと思った時、どのようにしたら大牧さんのような人材になれるのか、若いうちから何を意識していけばいいのか、ヒントをお聞きしたいです。

大牧:自分が20代の時に考えていたことですか。しかも、今の20代くらいの方に役立つ話としてですよね。

―― はい。

大牧:本音の思いは、また別にもあるのですが、ブランデーのランクで「VSOP」という言葉をご存じでしょうか。この「VSOP」のアルファベットをキャリアに当てはめる考え方はぜひ、若い皆さんにお伝えしたいと思います。

この場合の「V」は、20代に培うべき特性である「Variety(多様性)」。30代は「S」で「Specialty(専門性)」、40代は「O」で「Originality(独自性)」、50代の「P」は「Personality(人間性)」です。

その意味で言うと20代では、多様性を培うために、さまざまな世界に触れ、いろいろな世界を知り、可能な限りのチャレンジをする。その姿勢が大事なのではないでしょうか。

今振り返ると、20代のチャレンジの大切さが私自身、よく分かります。

後継者インターンシップの様子

―― とはいえ、チャレンジにつきものの失敗は怖くないですか?

大牧:おっしゃるとおりです。そこで20代の私は、滅茶苦茶行動している人たちの話をたくさん聞くようにしました。

すると「失敗なんて怖くねぇよ!」という人はあまり居ませんでしたが「まぁ、失敗してもこの程度で済んだよ」という話をよく耳にしたのですよね。

私自身の経験としても、失敗して失うものなんて実はあまりありません。「恥ずかしい」ぐらいです。

「恥ずかしい」で済むならどんどんやってしまった方がいい、自然と足も動くようになるはずです。

―― チャレンジの内容にもよりますが、一度の失敗で人生が本当に台無しになったり、再起不能になったりするケースはほとんどないですよね。

大牧:もう1つ、大事にしている考え方があります。「根性と執念」です。

絶対に失敗させない、最後は気合いで持っていく。失敗が怖いのであれば、成功の最低ラインまではどんな犠牲を払っても持っていく。

「昭和っぽい」と言われてしまうかもしれませんが、こういう気合いと根性はやはり重要だと考えて、仕事の上で大事にしています。

ただ、40代以降の人たちになら共感いただけるのではないかと思いますが、若い世代の方にはちょっとそぐわないかもしれません(笑)

後継者インターンシップの様子

―― でも、最後は、そこになりますよね。

絶対に成功させてやるという強い思いと、思いや言葉だけではなく実際にたくさん行動する。

それらが成否を分ける機会は多いように私自信も経営者として感じます。

行動量とスピードを意識する

―― では、最後に、経営者つながりで、大牧さんが経営者として重要視されている点についてもお聞かせください。

大牧:〈ニッポン手仕事図鑑〉を立ち上げてからの8年間、行動量とスピードを常に意識しました。

スピードさえあれば、うまくいかない出来事があってもすぐに引き返せます。うまくいったらさらにそれを伸ばすこともできます。

自分で職人さんに話を聞き、産地に足を運び、その一次情報をベースに「今絶対的に求められていること」を言語化します。

産地にとっても職人にとっても後継者にとっても消費者にとっても必要だと分かった時、即座に形にします。

後継者インターンシップの様子

伝統工芸は衰退が早く、少し時間が経つだけで手遅れになるケースもあります。迅速かつ大量に動く。それが肝ですね。

―― 大牧さんは強いビジョンや課題意識を持ちながら、日本を変える活動をされており、憧れる若者も多いのではないかと思います。私自身も、すごく刺激になりました。

大牧さんと〈ニッポン手仕事図鑑〉がこれから、どのような影響を日本に与えるのか本当に楽しみです。今日は、お忙しい中、ありがとうございました。

大牧:こちらこそ、ありがとうございました。

[取材・文/伊藤祐、写真/渡辺昌彦]

[取材協力]
大牧圭吾・・・映像ディレクターとして、農林水産省や総務省のPR映像をはじめ、 全国の地方自治体の移住促進PR映像を手掛け、日本の未来に残していきたい技術や文化を国内外に向けて発信する。総務省の定める地域力創造アドバイザー、産業能率大学講師、東北経済産業局主催〈TOHOKU CRAFT × 学生コラボプロジェクト〉のサポーターなどを務める。主な著書は、2021年度版中学2年生の国語の教科書にも掲載された〈子どものためのニッポン手仕事図鑑〉(光村図書)

外資系デンタルケア企業の日本法人Zenyum Japanの代表取締役社長。「口腔ケア領域で、最高のSmileのための最高のサービスを提供し続ける」という会社のミッションを推進するかたわら「グローバル企業の日本法人経営者」という新時代のキャリアを普及させるべく、講演や執筆活動に積極的に取り組んでいる。X(@TasukuIto5)、noteなどでも積極的に発信している。2023年(令和5年)3月にビジネス書〈得する説明 損する説明〉をSBクリエイティブ社より上梓。

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