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明治・大正は「お世話になりまする」あのビジネスメールの定型文の起源は江戸時代までさかのぼるらしい

ビジネスメールで定型化されている「お世話になっております」、メールと併用してビジネスチャットを使っている若いビジネスパーソンからすれば「意味あるの?」と疑いたくなる瞬間もあるはずだ。

では、この謎の伝統である「お世話になっております」は、いつごろから存在し、日本のビジネスシーンにこれほどまでに定着したのか。

そこで今回は、マナーの専門家であるNPO法人日本サービスマナー協会の理事長・澤野弘さん、および同協会認定マナー講師の加藤瑞貴さんに「お世話になっております」の歴史を、ライターの一ノ瀬聡子さんが聞いた(以下、一ノ瀬聡子さんの寄稿)。

「お世話になっております」はメールより前に電話で使われていた

「○○さま お世話になっております。△△です。」

ビジネスチャットでは違うかもしれないが、少なくともメールでは、このような書き出しが定型化している。

あまりにも多くの人がこぞって使用しているので、メール特有の文化に思えるが実は、そうではないらしい。

マナーの専門家で、電話マナー研修などを行うNPO法人日本サービスマナー協会の理事長・澤野弘さんによれば、メールよりずいぶん前から電話で使われていたと語る。

「『お世話になっております』のフレーズは、インターネットが普及してメールが頻繁に使われるようになる前から、ビジネス界では特に、対面や電話で当たり前のように使われていました」(澤野さん)

「お世話になっております」はメール以前に、ビジネスでは早くから定着していた表現のようだ。

明治・大正時代は「お世話になりまする」だった

澤野さんによるとその起源は、インターネット誕生のはるか以前にまでさかのぼるのではないかと話す。

「細かな表現は、年齢層や地域によって異なるケースもあるかと思いますが、恐らく戦前から使われており、明治や大正の時代は『お世話になりまする』などが一般的だったと思われます」(澤野さん)

一体、どういう使われ方をしていたのか。歴史に詳しい、同協会認定マナー講師の加藤瑞貴さんは次のように続ける。

「江戸時代末期にはすでに『世話』という言葉が『面倒を見る』という意味で使われていました。

『まする』は丁寧の助動詞『ます』の古い言い方です。

明治・大正時代における『お世話になりまする』は『面倒をおかけします』という意味で使用していたと推測できます。

現代においても、対面・電話・メールで共通して同じ意味で使用されています」(加藤さん)

さらに「世話」の部分には「気を配って面倒を見る」以外にも以下のような意味があるという。

・気を配って面倒を見る
・仲介をする(取り持つ)
・手数が掛かる

そのため「お世話になっております」には本来、以下のような意味が存在する形になる。

・いつも気を配っていただき、面倒を見ていただきありがとうございます
・仲介していただき(仲を取り持っていただき)ありがとうございます
・お手数をお掛けいたしますが、引き続きよろしくお願いいたします

一般消費者の顧客に対する「お世話になっております」は間違い

以上のような歴史を経て、現代でも「お世話になっております」は使われている。だが、長い歴史がある分だけ、本来の意味から離れた形で使われるケースも生じやすいはずだ。

マナーの専門家である加藤さんは次のように話す。

「一般的に、誤った相手に使用しがちなケースが2つあります。

1つは、社内の人に対して使用しているケース。『お世話になっております』という表現は、自社の取引先や関係者、クライアントに対して使用します。社内の方へはメール、対面に関わらず『お疲れさまです』が一般的です。

もう1つは、接客業のような一般消費者を対象に行うビジネス形態で、お客さまに使用しているケースです。

お客さまにはむしろ『世話』を掛けないようにしたいので『お世話になっております』はふさわしくないように感じます。

メールでは『平素より格別のご愛顧をいただきありがとうございます』、対面では『いつもご利用いただきありがとうございます』が適切でしょう。

しかしながらこれらは、全くの間違いというわけではなく例外もあります。企業によってマニュアルがある場合にはその限りではありません」(加藤さん)

「お世話になっております」を面倒に感じたら

Chatwork株式会社(大阪市北区)が2022年(令和4年)7月に行った「ビジネスコミュニケーション最新調査」によれば、メールの定型文として「お世話になっております」を利用している人は約8割にも上るという。

しかし、そのうち半数の人は「面倒」だと思っているそうだ。 もしも「面倒」と自分も感じたらどうすればいいのか。加藤さんに対処法をアドバイスしてもらった。

「ビジネスチャットが普及している現代ではなおさら、メールでの『お世話になっております』の文章を面倒と感じる気持ちは理解できます。

マナーの基本は相手が不快を感じず、心地良く過ごしてもらえるようにする、です。そのため時には、相手に合わせたマナーの足し引きも大切です。

もし、メールの相手が『お世話になっております』を使用しなければ、その代わりになる、気持ちが伝わる表現を使用すればいいと思います。

例えば、毎日何通もやり取りを行う相手なら、会話初めのメール文章に日ごろの感謝を表す言葉を入れれば、その後のやり取りにおけるメール文章の全てに『お世話になっております』と入れなくても失礼ではないでしょう」(加藤さん)

また、加藤さんは今後、ビジネスチャットのさらなる普及で「お世話になっております」に代わる、相手の気遣いに適した短い文言が生まれてくるのかもしれないと述べた。

「お世話になっております」には深い歴史と意味がある。それを踏まえた上で、現代の気持ちの良いビジネスコミュニケーションにうまく活用したい。

[取材・文/一ノ瀬聡子]

[取材協力]
澤野弘
NPO法人日本サービスマナー協会理事長
大阪出身。関西大学卒業。トヨタのセールスを経験後専門学校で独自戦略の下、学生募集を成功させ、株式会社設立。その後、2008年にNPO法人日本サービスマナー協会を設立。接客サービスマナー検定をはじめとした検定試験や各種社員研修、マナー講師養成講座などの認定講座を実施している。

加藤瑞貴
NPO法人日本サービスマナー協会認定マナー講師
全日本空輸株式会社にて、グランドスタッフとして12年間接客業務を務める。ラウンジ責任者、マイレージ上級会員やVIP向けの対応を行うコンシェルジュを担当。組織運営や後輩育成、キャリアサポートなどにも力を注ぐ。現在は、日本サービスマナー協会認定マナー講師として各種研修を担当する。

[参考]

Chatwork株式会社「ビジネスコミュニケーション最新調査」(2022年7月)

webメディアのライター。ビジネスハックやスキルなどを専門家に聞くのが楽しくて仕方がない。読みやすくわかりやすい文章を心がけている

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