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山田孝之主演プロデュースの新作『ハード・コア』監督を直撃。創作の秘訣は?

 コミック「ハード・コア 平成地獄ブラザーズ」を、映画『マイ・バック・ページ』『苦役列車』、ドラマ「山田孝之の東京都北区赤羽」などの山下敦弘監督(42)が映画化した『ハード・コア』が公開中です

山下敦弘

山下敦弘監督(42)

 不器用に生きる主人公・右近(山田孝之)と心優しき友人の牛山(荒川良々)、そして右近の弟・左近(佐藤健)と、彼らが見つけた1体のロボットの物語を綴った本作は、山田孝之さんが主演だけでなくプロデュースを務めていることでも話題です。

「人が一番大切」と語る監督に、本作のことや監督自らを形づくったという大学時代のことなどを伺いました。

アウトローたちの話が好きだった

――20年以上前に読まれた原作コミックのファンだったとか。

山下敦弘(以下、山下):はい。原作の上下巻が、僕が大学を卒業したときくらいに出て、そのときに読みました。

――原作のどういったところに惹かれたのですか?

山下:当時の僕は劇場用映画を作り始めたころでした。アメリカンニューシネマがとても好きで、その中でも男同士の寂しい友情とか、社会に馴染めない人たちの話が好きだったんです。

『真夜中のカーボーイ』『スケアクロウ』『タクシードライバー』といった、まさに社会から外れてしまった男たちの話。ただ、あれはアメリカとか外国のものだと思っていたんです。

 それがこの原作を読んで、日本でもこういうことをやっている人がいたんだと驚きました。こうした世界観、キャラクターたちが日本という場所で描けるんだというところに興奮したんです。今思えば、漫画だから可能になったという部分もあったのだと思いますが、とにかくその世界観に惹かれました。

――将来的にでも、映画として撮ってみたいという気持ちは?

山下:最初に読んだときはあったかもしれないです。ただすごく好きな原作だったということと、自分がキャリアを積んでいくなかで、いかにこの映画が実写化するには難しい素材かということも分かっていったので、逆に考えないようになっていたかもしれません。ただ、最初に読んだときには、第一印象として、映像化したいと思った気がします。

山田孝之との出会いによって映画化へ

ハード・コア

――企画に5年かかったそうですが、今のタイミングでならできるだろうという監督の意思を後押しされたのは、本作の主演でありプロデューサーでもある山田孝之さんとの出会いが大きいですか?

山下:そうですね。山田くんとの出会いが一番大きいです。山田くんと一緒にいろいろ(「山田孝之の東京都北区赤羽」「山田孝之のカンヌ映画祭」『映画 山田孝之3D』)やってきたなかで、今を逃したらもう二度とこの先、映画化できないだろうと思いました。

 監督としての野心もありますが、それよりもとにかく、僕と同じように、原作がとても好きだった山田くんと、いろんな現実的な制約があるなかでも、とにかく一緒に形にしようと思ったんです。

――映画化するにあたって、原作の何を核に抽出していったのでしょうか。

山下:原作が書かれたのが30年くらい前なので、今とは違った部分もあるとは思いますが、普遍的な、変わらない部分を残そうと思いました。あとは、原作の持ついびつさというか、僕も山田くんもそうでしたが、最初に読み始めたときの入り口と、物語の最後の出口が全く違ったものになった印象を原作に持っていたんです。

 まさか途中からロボットが出てきて、最後はいろんなものが入り乱れて、最後はああいうラストを迎えるという。読み進めていくうちに、どんどん違ったところへ連れていってもらったという感覚があったので、それは映画でもやりたいと。だから、映画としてきれいに整理して作り変えるのではなく、原作が連載のなかでどんどん変わっていった、そのうねりも映画に残したいと思いました。

――一方で、映画のラストには独自のエピソードが付け加えられています。「20代の頃だったら、あのラストにはならなかったんじゃないか」と、コメントされていますね。

山下:原作の終わり方というのが、ロマンチックに思えたんです。終盤、ロボオという人工知能がどんどんバグってきて、おかしくなってくる。だけどそれは人間の心を持ちつつあるからで、人間に究極に近づいたがゆえに、原作ではああした選択を取ることになる。でも、今の人口知能だったら、その先の選択もあるんじゃないかと思ったんです。

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