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ゴー☆ジャスを「アニメ化したい」。“宇宙海賊”が語る、遥かなる野望

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 一度ブレイクを果たした芸人でも、その人気を続けていくのは至難の業。露出数が多ければ多いほど、その後の落差も大きく、「猿岩石」で一躍時の人となった有吉弘行も、再び浮上するまで7~8年の期間を要した。

ゴー☆ジャスさん

ゴー☆ジャスさん

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 2008年ごろに『レッドカーペット』で認知度を上げたゴー☆ジャスさん@Gorgeous55555)も、一時期は“落ちてしまった”経験を持つひとり。白塗りメイクの“宇宙海賊”というインパクトある風貌と、世界各国の国名ダジャレ芸で脚光を浴びたが、その後は低空飛行。

 だが、持ち前の「なんとかなる」マインドで、現在YouTubeのゲーム実況チャンネルで、45万人以上の登録者を誇るという人気ぶり。前回の記事では、実は声優を目指していた過去を語ってもらった。いまのポジションに至るまで、どんな道のりを歩んできたのか、より掘り下げた話を聞いた。

『Qさま!』で起こった悲劇

――『レッドカーペット』で、芸人としての知名度が上がったと思うのですが、その後の反響はどうだったんですか?

ゴー☆ジャス:それこそ『イロモネア』とか『リンカーン』とか、人気バラエティに出させていただきました。(ダウンタウン)松本さんにネタを見てもらえたのは本当に嬉しかったですね。ただ、僕が国名ネタをやっているから、“地理に詳しい”という先入観を持たれてしまって。実際は結構知識が浅いんです。

 いまでも覚えているのが、クイズ番組の『Qさま!』に出演したとき、最終問題が明らかに僕に寄せた問題だったんですよ。それで締めようっていうことだったと思うんですが、普通に間違えて。そしたら周囲の人もスタッフも「何だコイツ……」って顔をしていて、放送見たら最後全く違う問題に変わっていました(笑)。テレビの恐ろしさを知りましたね。

今の事務所はスギちゃんと同期

ゴー☆ジャスさん

ゴー☆ジャスさん

――それが原因ではないと思うんですが、先ほど出演されていたような番組が次々と終了するわけですよね。ゴー☆ジャスさんも……。

ゴー☆ジャス:民放にはほとんど出ていなかったですね。ちょうどそのタイミングで、当時所属していた事務所の「お笑い部門」がなくなるってことで足切りにあって、サンミュージックに移籍しました。

 最初は自分だけだったんですが、同じ事務所に当時は「杉山えいじ」の芸名だったスギちゃんがいたので、マネージャーに頼んで、「一緒にサンミュージックに入れてくれってことで、2人で入りました。そしたらですよ、スギちゃんがすぐに大ブレイク(笑)。僕は時間があり余っていたので、ずっとゲームしていましたね。

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