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NSCをクビ、無観客ライブも。ランジャタイが語る「暗黒の地下時代」

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 お笑い芸人にとって「苦労話」は付き物だ。いまやテレビで見ない日はないサンドウィッチマンも、『M-1グランプリ』優勝時は天井にクモの巣があり、ネズミがはびこる築20年の木造アパートで一緒に生活。モノマネ「誇張しすぎた~」でおなじみのハリウッドザコシショウも42歳で『R-1グランプリ』に優勝するまでは“いっときも食えなかった”と語っている。

ランジャタイ

ランジャタイの国崎和也さん(写真右)と伊藤幸司さん(写真左)

 2020年の『M-1グランプリ』に2度目の準決勝進出を果たしたランジャタイの国崎和也さん(33)と伊藤幸司さん(35)も、順風満帆とはほど遠い経歴を経て現在にいたっている。前回のインタビュー記事ではここ最近の露出の増加について、またランジャタイのネタづくりに影響を与えたモノ・コトについて話してもらったが、ここでは結成からの歩みを中心に聞いた。

結成するきっかけとなった伊藤の“奇行”

――現在はグレープカンパニー(※サンドウィッチマンらが所属)にいますけど、出会って結成したのはよしもとNSC養成所時代だったんですよね。

国崎和也さん(以下、国崎):3か月でクビになりました(笑)。その頃は、この人(伊藤)がホントにトガっていて、入学早々、一人ひとりに「君、面白い?」って聞いて回ってて。

伊藤幸司さん(以下、伊藤):単純に興味で聞いて回ってただけだったんですけどね。まあ、みんな引いてましたね。

国崎:そもそも、「自分は松本人志さんと発想がかぶる」って思って鳥取から上京してきてるぐらいですからね。

伊藤:“鳥取の怪童”だって周りには言ってたね。それで唯一、「俺面白いよー」って答えたのが彼(国崎)で、コンビを組もうと。

国崎:クビになった理由は、同期が集まっている場で、「お前ら、ここは仲良しクラブじゃないんだよ!」って。スタッフさんが慌てて飛び込んできて、羽交い絞めにされて学長室に連れて行かれまして。クビになって。

“何でもアリ”な事務所が現在の土台に

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――その後どうしたんですか?

国崎:そのあと、「SMA HEET Project」っていうソニー系列の事務所に入りました。ハリウッドザコシショウさんとかアキラ100%さんとかは「SMA NEET Project」で、よりもっと地下の芸人が集まる組織。ネタ見せオーディションとか、小学生の子とかと戦ってましたからね。大差で負けましたけど(笑)。

伊藤:所属する人は芸風がみんな変だった印象がある。

国崎:そうだね。僕ら「この芸人はソニー系列か、否か」っていうクイズをやったら、優勝できると思います。とにかくみんな声がでかい。

伊藤:ライブしていてもお客さんが笑わないから、自分の声で会場中を満たそうと、自然と声量が上がってくるんでしょうね。

国崎:そのぶん耳もね、人より大きいんですよ。

伊藤:そんなことはないですよ。

国崎:まあでも、“何でもアリ”な事務所だったのは大きいかもしれないすね、ネタって好きなことやっていいんだみたいな。ランジャタイの芸風がずっと変わってないのも、そこでの経験があったからだと思います。

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