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死刑になっても仕方ない!? 「聖書」が不倫に下した驚きの判断

お悩み:老後2000万円も貯められない

 定年までに2000万円を自分で貯めておかないと、老後の生活がままならないよ、なんていう恐ろしい試算が少し前に話題になって、多くの人を不安のどん底に突き落としました。

 しかし、その根拠を調べてみると意外とガバガバな計算だとわかります。だって人間って、一人一人生活スタイルが違うわけですから、それにかかるお金だって違います。

「毎月、海外旅行に行きたい!」という人や、「いつも最新のベンツに乗りたい」なんて人は2000万円じゃとても足りないでしょうし、反対に「老後はできるだけたくさんの本を読みたい」とか「家庭菜園が幸せ」とかいう人ならお金はかからないかもしれません。住んでいる場所でだって、かかるお金は違うでしょう。

 人間にとって大切なのは、「何に幸せを感じるか」ということです。人の幸せを2000万円という数字で割り切ることなんてできません

 お金の単位は「円」であれ「ドル」であれ「ユーロ」であれ、決して幸せの単位ではないですし、安心の単位でもないんです。そのことを忘れて「2000万円ないと不幸になる!」と不安をあおるメディアのあり方は奇妙なものだと思います

いくら稼いでも「死んだら終わり」

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 聖書にはこう書いてあります。「地上に宝を蓄えるのはやめなさい(中略)天に宝を蓄えなさい(中略)あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです(マタイ 6:19〜21)」

 麦や米を地上に蓄えても、虫やネズミに食べられてしまうかもしれません。お金だってインフレや政変が起きれば紙くずになってしまうかもしれません。それに、そういったものは死んだら終わりです。あの世に持っていくことはできません。ですから、幸せの基準をそういったものに置くことはやめなさい、と聖書は言っています。

 お金を宝だとするならば、心はお金に支配されます。恋愛を宝だとするならば心は恋愛に支配されます。そういったものは悪いものではありませんが、心を支配させてはいけません

 そうではなくて、「神様に心を支配してもらいなさい」と聖書は教えています。そうすれば何があっても「幸せ」が揺らぐことはありませんよ、と。少なくとも「幸せの基準」を世論に任せて不安になってしまうのは良い状態ではありません。世論は勝手にあなたの「幸せ」を「お金」で割り切ろうとしているだけです。

 あなたの幸せはあなただけのものです。誰にも勝手に割り切らせてはいけません。自分の宝をどこに置くかは他人に決められるものではありません。

答え:幸せの基準は一人一人違います。お金に心を支配されないように

<TEXT/上馬キリスト教会ツイッター部 MARO>

1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。10万人以上のフォロワーを持つツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」のほうでもある。著書に『上馬キリスト教会の世界一ゆるい聖書入門』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある

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