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“戦力外Jリーガー”が売上370億円企業の経営者になれた理由「前向きな撤退だった」

ビジネス

 かつて、戦力外通告を受けた元Jリーガーが、今や、売上高377億円を誇る大企業の経営者に――。(2019年8月期連結)

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バリュエンスホールディングス株式会社の代表取締役・嵜本晋輔さん(39)

 ブランド買取店「なんぼや」などをグループ事業として手がけるバリュエンスホールディングス株式会社の代表取締役・嵜本晋輔さん(39)@vsakimoto)は、Jリーグ・ガンバ大阪を“クビ”になった経験が、今の自分を支える「原動力」になっているといいます。

 小学4年生から憧れていたプロサッカー選手の夢を実現するも挫折。その道をあきらめてから、どのような人生を歩んできたのか。ビジネスパーソンに向けたアドバイスを含めて、話を聞きました。

戦力外通告があったから自分を高められた

――高校卒業後に、Jリーグのガンバ大阪へ入団。しかし、その後に戦力外通告を受けるまでの経緯を著書『戦力外Jリーガー 経営で勝ちにいく 新たな未来を切り拓く「前向きな撤退」の力』(KADOKAWA)でも語っていました。当時の経験は、今の自分にどう残っていますか?

嵜本晋輔(以下、嵜本):僕自身、サッカーをやっていて一番よかったのは“クビになれたこと”だと思っているんです。ふつうにサラリーマンとして働いていれば、クビを切られる経験はなかなかできないですよね。でも、一般的には単年契約で長くても3年ほど、多くの選手が半年〜1年間で契約が更新されるJリーグの世界で、一時でも生きることができたのはけっして無駄ではなかったです。

 小学生4年生で三浦知良選手に憧れ、卒業アルバムにも「Jリーガーになる」と夢描いていた自分が、たまたまご縁が繋がり、Jリーガーになれて。でも、小中高とサッカー界では順風満帆に過ごしていたはずが、プロになって初めて“戦力外通告”という挫折を味わったんですよ。たしかにツラさも感じていたけど、企業の経営者となった今も、危機感を持ちながら自分を高めようと思えているのは、当時の経験があったからです。

JFL入団後、半年でサッカーを辞めた理由

ガンバ大阪時代の嵜本さん(嵜本さん提供)

ガンバ大阪時代の嵜本さん

――Jリーガーとして戦力外通告を受けたあとも、当時J1・J2に次ぐJFL(日本フットボールリーグ)の佐川急便大阪SCで、サッカーを続けていましたよね。その当時は、プロ選手への未練が残っていたのでしょうか?

嵜本:戦力外通告を受けてガンバ大阪を退団した直後は、正直、自分の中に悔しさや復讐心に近い気持ちがあったんですよ。だから、唯一、自分を拾ってくれた佐川急便大阪SCでサッカーを続けていました。でも、入団から3〜4か月ほど経ったとき、客観的に自分を俯瞰してみたら「明らかにJFLでも通用しているか怪しい」と思ったんですよ。

 冷静になってみたら、自分自身が思う選手としての価値と、サッカー界というマーケットから求められる価値に差が生まれていて。でも、その結果は、そもそもプロとしての努力を怠っていた自分によるものですし、J1まで「もう一度這い上がってやろう」と思ったこともありましたが、その可能性は限りなく低いと理解しました。JFLのチームに入団して半年ほどでしたが、その時点できっぱりとサッカー界で生きるのをやめました。

――積み重ねた道をあきらめられるのも、ある種の“強さ”だという印象も受けました。

嵜本:それも、アスリートとしての経験があったからこそだと思います。例えば、サッカーでも、アスリート個人は常に自分の実力をみきわめているんですよ。表向きには上手く行ったかのように見えても、自分の出したパスやシュートが思い通りの場所を狙えたかどうか、常に百点満点で採点しているんです。

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