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「320万円が突然口座に」人気アニメ会社の“未払い残業代”訴訟、突如終了した背景

ビジネス

「お金は全額振り込まれた。ただ、気持ちとしては非常に複雑なものがある。私の裁判は終結したが、アニメ業界の問題については何ひとつ解決していない

 こう語るのは、『海獣の子供』『鉄コン筋クリート』など国内外でも評価されるアニメーション作品を生み出してきたアニメ制作会社「STUDIO 4℃」(株式会社スタジオよんどしい)に務める男性社員のAさん(26歳)だ。

よんどしい

記者会見に臨む原告側(Aさんは左から2人目)

 Aさんは2019年10月から未払い残業代の支払いなどを求めて同社を提訴していた。しかし、2020年6月上旬、会社から突如として残業代全額を同意なく振り込んできたため、判決が事実上不可能となり、裁判が終了することになった。

 冒頭の発言はこの結果を受け、6月23日に厚生労働省で行われた記者会見でAさんが語ったものだ。

ジブリ出身者が創業したアニメ制作会社

 そもそも今回の経緯を振り返ると、Aさんは2016年4月、「STUDIO 4℃」に正社員として入社。同社はスタジオジブリ出身で、『となりのトトロ』『魔女の宅急便』のラインプロデューサーを務めた田中栄子氏(代表取締役社長)が創業。業界内でも高い知名度と、実績を誇る人気アニメーション制作会社だ。

 Aさんは入社してからの4年間、前出の『海獣の子供』で制作進行を担当していた。同作は新海誠監督の大ヒットした『天気の子』ら日本の4作品とともに第92回米アカデミー賞長編アニメ部門にもエントリーしている。

 そんなAさんが会社に残業代の請求を行ったのが2019年4月。しかし、会社は請求に応じなかったため、管轄である三鷹労基署に申告。6月には三鷹労基署が会社に対して労基法37条違反で是正勧告。しかしながら会社は「タイムカード記載の時間は実労働時間ではない」と、またしても支払いを拒否

 すると、Aさんは個人加盟の労働組合である「総合サポートユニオン」に加入。8月より団体交渉の申し入れをし、交渉が途中で打ち切られると、2019年10月に専門業務型裁量労働制の適用の違法性を争点として、未払いとなっている残業代286万7375円(2017年4月1日~2019年7月31日)と付加金を求めて提訴した

蔓延する違法な裁量労働制

厚生労働省

厚生労働省

 そもそもアニメーションや映像・放送、出版をはじめとするクリエイティブ業界には以前より違法な裁量労働制が問題視されていた。

 同じアニメーション制作会社では『サマーウォーズ』『時をかける少女』などで知られる日本テレビ子会社の「マッドハウス」でも、2019年4月に制作進行の社員が未払い残業代の請求と長時間労働の改善、スタッフによるパワハラの謝罪等を求めて訴えを起こしている。

 今回の訴訟の目的についても「残業代の支払いではなく、業界に蔓延する違法な裁量労働制に対して、裁判所の判決を勝ち取ることだった」とAさんは語る。

「一方的に裁判を打ち切ることになって、課題は依然として残ったままになってしまった。アニメ業界の不当な労働環境についてはマッドハウスの件などがマスコミでも報じられて世間にも認知されてきた。しかし、一人の働き手としては、経営者が改善に向けて具体的な動きを見せてくれていないと感じています」

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