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Kカップ・イラン美女が日本でコスプレする理由。業界への苦言も…

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 今年6月に放送された『アウト×デラックス』(フジテレビ系)に出演し、「茨城を目の敵にしているイラン人コスプレイヤー」という独特の世界観で話題となった痛子さん(35)

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痛子さん

“Kカップ”という豊かな胸を武器にしつつ、テレビの世界でも注目を浴びはじめています。現在、ペルシャ絨毯の販売店で働きながら活動しているという彼女は、どんな道のりでコスプレイヤーになったのでしょうか? イランでの暮らしぶりや来日した経緯、学生時代のエピソードなど、直接本人に話を聞きました。

ニワトリをさばいていた少女時代

――痛子さんはイラン・テヘラン出身ですが、どんな少女時代を過ごしていましたか?

痛子:規則正しいイラン人って感じです。朝の4時とか5時に起きて、ニワトリをさばいて料理するところからはじまる生活でした。あっちってほとんど砂漠で、私が住んでた都会でも家畜を飼ってる家庭がすごく多いんです。今は時代が変わって動物をさばけない人も増えてるんですけど、私くらいの世代はみんなできます。

――お母様がオタクだったそうですが、アニメ・漫画・ゲームなど日本文化は身近だった?

痛子:今はNetflixとかがありますけど、私が10代の頃はそういうのがなくて、お母さんが日本に行ったときに買って来てくれた海賊版で日本の文化を知りました。イランって普通のカタログやDVDに露出の激しいグラビア写真がちょっとでも載ってると、空港で没収されちゃうですよ。だから、中身だけ送ってもらったりとかもしましたね。

――イランに住んでいたときは、日本にどんなイメージを抱いていましたか?

痛子:みんな着物で、ちょっと外出たら花魁(おいらん)がいて金閣寺があってっていう、京都みたいなイメージでした。お母さんが『NARUTO -ナルト-』『るろうに剣心』とかが好きだったので、その影響ですね。初めて成田空港に降り立ったときは「まだ日本に着いてないのかな?」って思ってました(笑)。

政略結婚させられそうになった来日前

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――18歳の頃にイランから来日されていますが、これはお父さんの仕事の関係で?

痛子:それもあるんですけど、イランって結婚が早いんです。今はそうでもないですけど、10年くらい前までは「親の意見は絶対」って感じで、16歳くらいで結婚するのが普通でした。とくに私の父親は「女は男性に尽くせ」みたいな根っからのイラン人。来日する少し前に、遠い親戚の人と政略結婚させられそうになったんです。

 そんなときにお母さんが「日本で商売するから、結婚したらかわいそうじゃない?」って救ってくれて。日本の文化に触れてるから理解があったんですよね。それにプラスして、もともと日本でペルシャ絨毯の商売をしてる身内がいて拡大しようって話もあったので、なんとか父親を説得できました。

――すると、日本への移住は恐くなかった?

痛子:イランだと女性は10歳でからだを隠すことになって、性的なイメージを彷彿とさせるって理由から、道でペットボトルを飲んだり、自転車をまたげなくなったり、しばりが多くなるんですよ。だから、日本に行くってなったときは、アニメとかゲームも知っていたし、楽しみでしかたなかったですね。

――イランと日本を比べて、居心地がいいのはどちらですか?

痛子:イランは女性に対して厳しかったりするんですけど、休憩時間が長いんですよ。昼休みが3時間とかあったりして。だから、日本に来てすぐはバタバタしてる印象があったんですけど、慣れるとこっちのほうが住みやすいですね。

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