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IT革命が「中国のヤクザ社会」に及ぼした影響。男が失うものとは何なのか

「中国のシリコンバレー」と呼ばれる深圳(セン)市郊外に住む筆者の親せきが、先日、日本に来たときにこう言った。「日本人はまだお財布なんて使ってるの? 中国ではスマホで全部済ませちゃってるよ」

 経済格差の大きな中国全土が日本よりも進んでいるとは一概には言えないだろうが、IT産業が進んでいる都市では、小学生がApple Watchの類似品を身につけ、保護者は小学校の授業の様子をネットで見られるという。2011年にはGDPで日本を追い抜き、世界第2位にランクインした中国。いまやアメリカの次に来る世界大国である。

帰れない二人

『帰れない二人』©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved.

 壮大で美しい中国の自然と、17年にもわたるラブストーリーを背景に、激動の21世紀の中国を描いた傑作『帰れない二人』が9月6日に公開される。監督は『長江哀歌(エレジー)』(2006)、『山河ノスタルジア』(2015)などで知られる名匠ジャ・ジャンクー。

 自主制作の長編デビュー作『一瞬の夢』(1997)の後、中国当局から映画撮影を禁じられていたが、2000年に返り咲き今では中国を代表する国際的な映画監督だ。世界中から絶賛されるジャ監督に、映画制作と21世紀の中国について語ってもらった。

文革後に生まれた中国の裏社会「江湖」

――中国の「江湖(こうこ)」は日本でいう“ヤクザ”や“渡世人”のようですが、日本では彼らについてほとんど知られていないので、とても興味深かったです。

ジャ・ジャンクー監督(以下、ジャ監督):「江湖」は中国ではよく使われる言葉ですが、実はこの言葉の意味をきちんと説明できる中国人はほとんどいません。私は“自分の家より外の空間”と解釈しています。例えば、“世の中を渡る”というときには“こうこを歩く”という風に言いますしね。同時に、“色々な人と出会い付き合っていく”ことも意味します。

 私は1970年生まれですが、「江湖」は1970年代後半、文化大革命後に多くの人が失業していたことが原因で生まれました。無職でグレている街の人たちがグループを作り、新しい形の“裏社会”を形成していったんです。そして、80年代の香港のギャング映画などを参考に自分たち特有の規則を作っていきました。

裏社会を通して描く“中国に起きた変化”

ジャ・ジャンクー

ジャ・ジャンクー監督

――なぜ、監督は「江湖」を描きたかったのですか?

ジャ監督:「江湖」の発展は、私の成長と重なるんです。実際に私の周りにも、面倒見のよい“兄貴”みたいな存在がいました。私が大学の休暇中に故郷に帰ってきたときに、私の家の前でちょうどその兄貴がいたんです。

 彼が家の門の前にしゃがみこんで、ご飯をかきこんでいた姿を見て、あの輝かしい青春を送った人たちが中年になるまでの人生を描かねば、と強く思いました。かっこよくて憧れの対象だった兄貴が昔の面影をなくしてしまい、おちぶれてしまった様子をね……。

――つまり、1970年代後半から2000年の間に起こった中国の大変革により、“輝き”を失ってしまった「江湖」の人々を描きたかったわけですね。それでも彼らは現代も存在していると聞きました。

ジャ監督:彼らはずっと“情と義”という原則で生きてきます。信頼がおけるかどうか、兄弟の誓いが永遠に保たれるかどうか、ということに彼らの生き残りがかかっているわけで。ところが、お金が最重要になった新しい時代に入り、彼らの価値観は変わっていきました。

 口では情とか義とか言っていますが、実際は拝金主義がまかり通るようになってしまった……。ということは、“情と義”という原則もない普通の人々は、どれほど変わってしまったのか――。この時代に起きた中国における価値観の変化を表現したかった。