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難民問題を描いた監督が語る「存在のない子供たちの声」

暮らし

取材に基づいて作った真実の物語

存在のない子供たち

ナディーン・ラバキー監督

――本作を撮影する前に、貧困地域、拘置所、少年刑務所などを回り3年間も取材されたと聞きました。

ラバキー:私が取材で実際に見たことを脚本の全てに反映しました。栄養失調で痩せた体、子供らしい輝きを失い悲しみに覆われた瞳……こういったゼインの外見は、私が取材で会った子供たち全員に共通するもの。ゼインは私が出会ったすべての子供たちを体現しています。

 キャストもほぼ全員スラム出身なので、彼らが人生で経験した葛藤や苦しみを脚本に重ねました。この物語はフィクションですが、そこにあるエモーションはすべてリアルです。

 特に、脚本どおりに“演じて”ほしくなかったので、演出もできるだけしないように気をつけました。例えば、ゼインの母親が裁判で「あなたたちに私を裁く権利があるの? 私の境遇に置かれたこともないのに。砂糖と氷しか子供に与えることしかできない母親になったことがある!?」と言うシーンがありますよね。あれは、母親を演じたカウサル・アルが思わず放った、彼女自身の叫びなんですよ。

映画の資金作りのために自宅を担保に

存在のない子供たち

©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

――本作の資金作りのために、プロデューサーを務めたラバキー監督の夫が、監督に内緒で自宅を担保にしたそうですね。それに、撮影中にキャストのひとりが逮捕されてしまったとか。

ラバキー:キャストの多くが不法移民だったので彼らがちゃんと現場に現れるかどうかもわからなかったし、事実、ラヒル役を演じたヨルダノスやヨナス役のトレジャーの両親は、不法移民として撮影中に逮捕されてしまったんです。ヨルダノスは私たちが保証人になり釈放されましたが、トレジャーと両親は結局、国外退去させられてしまったんです……。

 そもそも、スラムの人たちをキャストに使うなんて外部のプロデューサーなら絶対に許してくれなかったでしょうね。だから私の夫がプロデューサーを務めたんですが、もし、彼がこの撮影がこれほど大変だと分かっていたら、きっとプロデュースはしてくれなかったかも(笑)。だって、彼の本業は音楽家ですからね(笑)。

 お金もなく、キャストもストリートでひとりずつ見つけたり、機材もひとつひとつレンタルしたり、本当にリスキーな映画作りでしたが、「これは絶対に作らなければいけない」という信念に誰もが突き動かされていました。

赤ちゃんの泣き叫ぶ声が耳から離れない……

存在のない子供たち

©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

――スラムで撮影するのは危険だったのでは?

ラバキー:暴力には遭いませんでした、健康の危険はありましたね。雨が降ると下水が通り一杯に広がり、アパートに流れ込むんです。それはもうひどい悪臭と汚染で、撮影スタッフの誰もが病気になりました。私も顔が腫れ上がって嘔吐したり1週間ほど病気になって……。しかも、ちょうどそのときに赤ちゃんがいて、撮影の合間に帰宅して授乳しなくてはいけませんでした。

 でも今回の作品は、肉体的というよりも精神的に辛かった。私の場合、家に帰れば温かいベッドと食べ物が待っているから、今でも「私は家族と幸せになっていいんだろうか?」という“罪悪感”にかられるんです。スラムでは赤ちゃんの泣き叫ぶ声がひっきりなしに聞こえるんですよ。私の耳にはその声がいまだに聞こえる……。

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