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「普通の子供だった」私が中核派区議になった理由

コラム

 若者の政治に対する無関心が叫ばれる昨今、現在の日本にも自ら「職業革命家」と称し、政治に積極的に関わろうとする若者がいる。今年(2019年)4月の統一地方選で杉並区議会議員に当選した中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)の活動家、洞口朋子さん(30)もそのひとりだ。

洞口

杉並区議の洞口朋子さん

 中核派は暴力革命によるプロレタリアート独裁を唱え、警察からは極左暴力集団とされている。そのなかにあって、学生時代からテレビの取材を受け、メディアに頻繁に登場する彼女は、ひときわ目立つ存在だ。

 いまの日本で、活動家、または職業革命家と自称する人の暮らしぶりはどのようなものか知りたくて、洞口さんにインタビューしてみた。

(国家は)全部武力で鎮圧してきた

――まず、中核派は暴力革命をするというけど、これについて違和感を持つ人は多いと思います。

洞口朋子(洞口):マスコミの取材ではそこが必ず取り上げられるんですが、私は誰の誰に対する暴力かという点が一番重要だと思っています。私たちもいきなり人を殴ることを肯定するのかと言われれば、そんなことはないわけです。しかし、国家の暴力はいろいろなかたちで存在します。

 じゃあ、「労働者に権力をよこせ」と、資本家とそれに追随する人たちに言ったときに、「はい、わかりました」というわけにはいかない。歴史を見ても、(国家は)全部武力で鎮圧してきた。(革命を実現するためには)その暴力に対し、どこかで(こちらが)暴力を発動する時が来るだろうという意味です。

――お父さんも中核派だということですが、特別な政治教育は受けましたか?

洞口:いや、いや。日常的にそういう教育というのは別にないですよ。逆に、小学生のときは結構、反抗期というか……。自宅には新聞が「朝日新聞」と「前進」(中核派の機関紙)があって、書道教室のときに、新聞を家から持っていくんですが、私は何も考えずに「前進」を持っていっちゃって、それを広げるとそこに“天皇制粉砕”と書いてあって、先生が「うーん?」みたいになって。自分は普通の子と違うという意識はなかったけど、あー、(ウチは)違うんだな……と。

将来は保育士さんになりたいと思っていた

洞口

――では、小さいころは、どんな子だったんですか?

洞口:いたって普通の子供です。小学6年間はピアノを習っていました。将来は保育士さんになりたいと思っていましたね。モー娘。とかが好きで……中学ではバレーボール部でした。背が低かったのでリベロでしたが。

――では、なぜ活動家になろうと?

洞口:中学の時にイラク戦争があったんです。その前年には9.11があって、まわりの友だちとも、「どう思う?」と、普通にそういう話はしました。それで、きっかけは(2008年に)法政大学で学生が一斉に逮捕される事件あって、当時19歳だった私はその頃、仙台にいて、居酒屋で週6日バイトしていたんですが、他人事と思えなかった。

 同世代の人が大学を巡って行動しているんだと知り、すごく興味がわきました。その頃、付き合っていた彼氏がいたんですが、「わたし、ごめん、学生運動やりたい」といって別れて……。最初は引き留められましたが、最終的には納得してくれました。そして法政に入ったんです。

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