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元カリスマホストが語る「相手をモチベートする最高の褒め方」

キャリア

 株式会社FiBlink代表取締役・井上敬一さん(43歳)は、元ホストという経歴を持つ実業家です。

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【井上敬一】一般社団法人 恋愛・結婚アカデミー協会代表理事。1975年生まれ。立命館大学を中退しホスト業界に。ホストクラブグループ「SHION GROUP」オーナーを経て現在は企業で講演活動を中心に活動

 かつて伝説のホストと呼ばれ、大阪ミナミでホストクラブを経営していた頃、顧問税理士が逮捕。それをきっかけに自らも起訴され多額の負債を余儀なくされますが、現在は実業家として返り咲くことに成功。

 その一部始終はドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)で10年間にわたり密着、シリーズ第8弾まで放送され、大きな反響を呼びました。

 逆境に打ち勝つマインドはどのように培われたのか。井上さんの仕事人として生きるための秘訣を探ります。今回は、ホスト業界入りした経緯、ホスト時代に見い出したマネージメント術についてお話いただきました。

実家の借金に失恋…ホストの道へ

――井上さんが現役として活躍されていた90年代後半、ホスト業界を取り巻く状況はどのようなものだったのでしょうか。

井上敬一(以下、井上):「ホスト」という存在が今ほど一般には浸透してませんでした。ホストは怖いだとか、悪いイメージがつきまとっていましたし、少なくとも普通の女性が自ら店の扉を開けるような感じはなかったですね。

 メディアであまり取り上げられなかったこともあって、僕自身も最初はホストの世界がどんなものかも知らなかったんですよね。ホストクラブの定義も今と違っていて、生演奏があって踊れるような社交場が「ホストクラブ」。今のホストクラブに近い業態は「レディースパブ」という呼称でした。

 看板にClub(クラブ)と掲げるかどうかが大きくて。だから、僕が自分のお店「Prince Club Shion」を始めた当初は「混乱を招く」って周りから怒られましたよ。別に生演奏もしないけど、ピアノだけは置いたんですけどね。

――ホストを始めた頃、井上さんは立命館大学に通う大学生でしたよね。仕事として働きだしたきっかけは?

井上:母が借金の保証人になっていて、借りた当人が飛んだんですよ。それで実家が多額の借金を抱えることになって、働かざるを得ない状況になりました。

 ただ、ちょうどその少し前に彼女にフラれたこともあって、街中でナンパすることが習慣になっていました。そんなとき、地元の幼馴染と会ったんです。「女の子とお酒を飲んで楽しく話すだけで100万円以上もらえる」とかいう話を聞いて、ホストの仕事に興味を持つようになったんです。失恋の痛手が大きくて、とにかくモテたい、男としての自信を取り戻したい一心でアルバイトとして働き始めました。

 結局、実家は自己破産まで追い込まれてしまい、僕も大学を中退してホスト一本で働くようになりました。当時は自分で営業しないとお客さんを捕まえられなかったので、ミナミの戎橋(えびすばし)でキャッチしてましたね。学生時代の友だちからは「大学中退までして何やってんの? アホちゃうか」って言われてましたね。

勝手に弟子入りして研究した“相方”の存在

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――それから「5年連続No.1」や「1日の売上1600万円」。ホストとしての地位を確立していくわけですけど、そこまで上り詰めるにあたって決定打的な出来事などはありましたか?

井上:一緒にバイトで働き始めた相方の存在が大きいですね。ホストを始めた当初の僕はめちゃくちゃ格好つけていて、笑顔をあまり見せない。クールな孤高の存在を目指していました。あとは人を見下していたりね。自分の能力や才能だけで生きていくんだと思っていました。

 相方のほうは、まったく格好つけないんですよ。あとは、一緒にキャッチしていても途中でゲーセンに行ったり、全然真面目じゃない。そのうち彼はホストを辞めて、今でいうキャバクラのような店を経営し始めました。