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損得だけが価値じゃない。父の代で閉店した「町中華」の復活に空き家の2階で挑戦する中年息子の恩返し

「損得」や「コスパ」といった言葉を、各種メディアのコンテンツやSNS(会員制交流サービス)で多く目にする。bizSPA!フレッシュにも同様の記事はたくさんある。

しかし、世の中は、損得だけが価値ではない。損得を超えた恩返しの一心で、惜しまれながらも父の代に閉店した「町中華」をゼロから復活させようと挑戦する人も居る。

東京・自由が丘で地元の人たちに愛された〈萬珍軒〉[/caption]

誰かのために、損得を超えて行動する大切さを身をもって示す加藤友也さんに、先代が創業した萬珍軒の歴史と「街中華」復活にかける思いを聞いた。

自家製めん・手作り餃子の皮で人気の名店が閉店に

今日では、オシャレなまち・セレブなまちとして東京・自由が丘は知られる。だが、駅周辺の商店街からほんの少し離れれば、昔ながらの住宅街も広がる。

数こそ少ないものの、古くから続く個人商店もチラホラある。かつての〈萬珍軒〉も地元に根付いた店の1つだった。

開業は1972年。創業者の加藤勝之さん(以下、勝之さん)が、修行先から「のれん分け」のかたちで出店したという。

しかし、その地元で愛された名店にも立ち退きの話が持ち上がり、店主の高齢も重なって、父・勝之さんは2019年でリタイヤを決めた。

父の下で長く働いていた店主の息子・加藤友也さん(以下、友也さん)さんも「後を継ぐつもりはない」と意思を示し、地元で愛された店は幕を閉じた。

そのお店を一転、自分の貯金を切り崩し、大切にしていたオートバイを売却してまで、復活させようとする人が居る。誰でもない、一度は後継を拒否した、創業者である加藤勝之さんの息子、友也さんだ。

萬珍軒の初代店主の加藤勝之さん(右)と、二代目となる息子の加藤友也さん

先代が立ち上げた萬珍軒はどのような歴史を歩んできたのか。息子の友也さんは次のように語る。

「父は名古屋出身で、中学を卒業後すぐに上京し、中目黒(当時)にあった『萬珍軒』で14年ほど修行し、のれん分けで29歳で独立したそうです。

自由が丘に店を出したのは、中目黒の本家に対し『最低でも3駅は離れないといけない』という理由があったようです。それで、たまたま良い物件を自由が丘に見つけて店を出したと聞いています」(友也さん)

萬珍軒は「町中華」では珍しく、めん・餃子の皮などを可能な限り手作りした。たちまち地元で人気となった。

かつての萬珍軒では餃子に使う皮を「自家製である」と知らせる意味から、黒コショウを生地にまぶしていた

「父は、その評価を受け後に、大家さんに黙って店の裏の空き地に2畳くらいの製めん室を勝手に開設したりしました。

『先につくっちゃえば、大家さんから文句は言われないだろう』とか言っていましたが(笑)、当時は、大家さんも寛容で、こういったことが許された時代でもあったようです」(友也さん)

地元の人たちに愛された名物の焼きそば

9歳で働き始めるも「親父とは味は違う」「息子はまだまだ」

友也さんが萬珍軒で働き始めた年は1994年。友也さんは、高校を卒業したばかりの19歳だった。

「当初の自分は全くやる気がなく、漠然と『アパレル業界に行きたい』とか考えていました。しかし、ちょうどそのタイミングで従業員の方が辞め、店が流行っていたので『両親2人で切り盛りさせては大変だろう』と思い、自分も働こうと思いました」(友也さん)

それまで、料理の世界を志していたわけではなかった。しかし、「萬珍軒の味」で育った友也さんは、日を重ねるごとに「父の味」に近い料理を出せるようになったという。

「とは言っても、すぐには無理でしたよ。『中華料理屋あるある』ですが、常連さんから『親父とは味が違うね』『まだまだだね』なんてよく言われました。

反面、自分がだいぶ慣れたころには『息子、うまくなったな』『息子の方がうまい』なんて言ってくださるお客さんも増えました」(友也さん)

後に結婚した友也さんの奥さんも、お子さんをおぶって店を手伝った

閉店後、44歳にして初めて勤めに出る

閉店間際の萬珍軒

しかし、冒頭で触れた立ち退き話が持ち上がり、2019年に閉店となる。地元のお客さんから叱咤(しった)激励を受けながら仕事をこなしてきた友也さんはこの時、44歳になっていた。店に入ってから25年が経過していた。

友也さんの両親。父・勝之さんは、萬珍軒を継がない友也さんを、特にとがめなかったという

「立ち退き」が決まった時点で、友也さんが萬珍軒を継ぐ・継がないの話も当然持ち上がった。しかし、友也さんは「継がずに新たな人生を歩む」と父・勝之さんに伝える。「まぁそうだよな……」と父は特に、とがめなかった。

ただし、店を継がないとなると友也さんは、44歳にして初めて勤めに出なければいけない。一般の社会に働きに出た結果、友也さんはまた違う苦労を経験し、同時に友人や、かつての常連のアツい思いを痛感するようになった。

「いくら『25年間、中華鍋を振ってました』と言っても、44歳にして初めての就職活動はなかなか難しいですよね。

そこで、親戚づての精肉業者で働かせてもらったのですが、なかなか折り合いがつかず、早い段階で離職しました。

正直、途方に暮れました。しかしここで、友人たちの救いがありました。お店をやっている友人が『ちょっとお店の調理やってよ』と仕事をつくってくれたり、『今は大変だろうけど、できる限り応援するから』と、仕事に繋がりそうな人を紹介してくれたり。

本当に感謝しかありませんでした。しかし、甘えてばかりじゃ駄目だ、いつか絶対に恩返ししようとも思い始めました。

そんな風に考えていたころに、地元を家族と歩いていると、かつての萬珍軒の常連さんたちからお声を掛けていただきました。

常連さんたちの多くは『お店、もう1回やってくれよ』『お店をもう一度やることがあったら絶対行くよ』と言ってくださいました。

父が始めた萬珍軒が、多くの人に愛され、今も皆さんの心の中に残り続けているとあらためて実感しました」(友也さん)

友也さんは、掛け替えのない友情、萬珍軒を支えてくれた常連たちの愛情、47年もの長きにわたって営業を続けてきた父・勝之さんの偉大さを、ここで痛感する。

「これら全ての声や気持ちに恩返しできる一番の方法は、萬珍軒の復活しかない。そう考え、萬珍軒の復活に動き始めました」(友也さん)

店の復活を告げると笑顔を浮かべ目頭を父は赤くした

1972年の開店時の満珍軒

萬珍軒復活の決意を友也さんはまず、父・勝之さんに話した。話を聞いた父・勝之さんは、深いシワをさらに深くするように笑い、目頭を赤くした。

同時に、後ろ盾が何もない個人経営であるため「これからの時代の飲食は厳しいぞ」とも言った。

友也さんにしてみれば承知の上だ。言葉ではなく「自分なりのやり方」で父に見せていくしかないとも思ったという。

「萬珍軒の味を大前提として守りながら、今の時代に合ったやり方を、限られた資金の中で打ち出していければと思っています。店がはやれば、親父も絶対に納得してくれるはずですので」(友也さん)

復活する萬珍軒テナントは、もともとあった店から数十メートル離れた古民家の2階。父・勝之さん所有の物件で空き家になっていたスペースだ。

一方、厨房の設置費、内装費、仕入れなどのランニングコストには当然、相応の費用が発生する。友也さんは、限られた貯金に加え、大切に所有していたオートバイなどを売却して費用を捻出(ねんしゅつ)した。併せて、助成金なども駆使して出店を目指す。

「出店の話を友人にすると『内装業者の知り合いを紹介してやる』『中古厨房機器販売の知り合いがいるから紹介してやる』など、さまざまな後押しをしてくれました。

オープン当初は、自家製めん・手作りの餃子の皮などがどうしてもできないため、知り合いづての製めん所に相談に乗ってもらい、萬珍軒でかつて出していためんとほぼ同じめんをつくってくれました。ここでもまた、仲間に助けてもらう結果になりました」(友也さん)

新生・萬珍軒は今年の秋口にオープン

秋口のオープンに向け、現在工事中のテナント

今年秋口のオープンに向け、新テナントでは連日、業者が工事を進めている。同時に友也さん自身も、自宅で調理を日々行い、オープンに向けたウォーミングアップを図っているという。

「オープン当初は、夜のみの営業を考えています。萬珍軒の中華メニューをご提供し、お好み次第で、お酒も一緒に楽しめる店としてスタートさせたいと考えています。

両親や親戚が集まったり、支えてくれた常連さんや友人たちが交流を持てたりする場所になったらいいなと思っています。

具体的なオープン日は確定していませんが、秋には開店します。ぜひ、ネット検索などでお調べいただき、若い世代の方にもお越しいただければうれしいです」(友也さん)

父・勝之さんの思い、友人たちや地元の人たちの応援は、地元に根差した個人経営の飲食店の力強い支えになる。

今後の動向に大いに注目したい。

東京・自由が丘〈萬珍軒〉(今秋オープン予定)
東京都目黒区緑が丘2-16-19

[文:松田義人]

音楽事務所、出版社勤務などを経て2001年よりフリーランス。2003年に編集プロダクション・decoを設立。出版物(雑誌・書籍)、WEBメディアなど多くの媒体の編集・執筆にたずさわる。エンタメ、音楽、カルチャー、 乗り物、飲食、料理、企業・商品の変遷、台湾などに詳しい。台湾に関する著書に『パワースポット・オブ・台湾』(玄光社)、 『台北以外の台湾ガイド』(亜紀書房)、『台湾迷路案内』(オークラ出版)などがある

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