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少年院から22歳で年収1000万円 漫画のような「成り上がり人生」

キャリア

 17歳で少年院に入り一度は社会からドロップアウトしたものの、いまでは年収1000万円プレイヤーとなった株式会社「3Backs」執行役員の安藤亨浩さん(22歳)

安藤亨浩

漫画のような成り上がりを果たした、安藤亨浩さん(22歳)

「3Backs」はドロップアウト人材の再育成を目的とした「リバースラボ」という事業を行っています。

 その第一期生として社会復帰を果たし、現在は人を育てる立場に。その成り上がり人生を赤裸々に振り返ってもらいました。人生はやり直すことができる!

ヤンチャで怠惰だった少年時代

――まずは社会から足を踏み外してしまったキッカケを教えてください。できるだけ赤裸々に。

安藤亨浩(以下、安藤):私を見て『自分もやり直したい』と思ってくれる人が増えるのであれば、何も隠すつもりはありません。幼い頃、私の両親は家に帰ってくるのが遅く、夜は兄弟(上に2人)だけで過ごすことが多かったんです。

 しかし兄弟仲が悪く、年齢が一番下でわがままだった自分はほとんど相手にしてもらえなかった。加えて、上の2人は頭がよかったのですが、私はまるで勉強ができなかった。とにかく居場所がないという気持ちを常に抱えていました。

――勉強以外には夢中になれることはなかったのですか?

安藤:中学まではサッカーに夢中でした。しかし中学3年生になり部活を引退すると途端にすることがなくなってしまいました。推薦で私立高校への入学が決まっていましたが、タバコの喫煙が発覚して、白紙に。つまずき始めたのはそこからだったと思います。

 進学した県立高校も1年生が終わる頃に留年してしまい、学校側から追い出されるような形で自主退学しました。サッカー部にも入ったのですが、よくある不良高校だったので勉強も部活もすべてが適当で。続ける意味が見つからずサッカーも辞めました。

――学校から見捨てられてしまったわけですね。その後は?

安藤:通信制の高校に編入しました。しかし、数えるほどしか行っていません。学校の名前を憶えていないくらいで、結局数か月で辞めてしまいました。その頃から、地元の悪い友人たちとつるむようになり、家にも帰らなくなりました。暴走族にも入り、とにかくヤンチャで怠惰な日々というイメージしか残っていません。

少年院から現場仕事の世界へ

安藤亨浩

「17歳のときに私は逮捕されています」

――“ヤンチャ”というと具体的にどんな悪さを? 

安藤:簡潔にいうと、17歳のときに私は逮捕されています。1年間、少年院に入っていました。何もすることがない。何もしちゃいけない。本当に苦痛で、部屋が縮んでくる気がして圧し潰されそうになるんです。

 でもこんな自分になってしまったのは親のせいだと責任転嫁して……。今思うと恥ずかしい限りですが、周りに迷惑かけた分、今度は、昔の自分のような人間がいい方向へと進めるように道を作ってあげたいんです。

――出た後はどうしたんですか?

安藤:父の紹介で塗装屋の仕事に就きました。いわゆるコネ入社ってやつです。こんな自分を拾ってくれたわけなので仕方ないとは思っていましたが、給料が少なすぎてやっていけなくなりました。

 週一の休みで手取り11万円。10年間働いている上司でも25万円。一方で社長は月に100万円の給料を受け取っていました。「なんなんだこの会社は?」と違和感を覚え、トビ(何も言わずに辞めること)ました。