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「コジマ電機学園都市店」閉店で、日本一安い「つくば電気街」が消えた。その誕生と繁栄の歴史

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 今年2021年8月15日、茨城県つくば市にある家電量販店「コジマ学園都市店」が26年の歴史に幕を下ろした。この何の変哲もない、どこにでもありそうな家電量販店の閉店は、実はある「特別な意味」を持つ。

つくば

閉店セール中のコジマ学園都市店。つくば電気街時代から営業を続ける最後の店舗だった。跡地はスギ薬局となる予定

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 それは、この店舗の閉店によって「つくば電気街」が消滅するからだ。今となっては知名度もない、つくば電気街であるが、1990年代後半には「日本一安い電気街」として茨城県内一円や、県境を越えて千葉県など、東西約100キロ圏内からの買い物客が訪れるほどの集客力があったという。しかし、つくばエクスプレスの開業と前後して商環境が一変。衰退の一途を辿ることとなった。

 それほどまでに栄えた、つくば電気街はどのようにして誕生し、そしてどのようにして消滅していったのだろうか。今回は「つくば電気街」の誕生から繁栄までの歴史の足跡を探っていく

「つくば電気街」とはそもそも何か?

 ところで、つくば電気街とはそもそも何か。つくば電気街とは、茨城県つくば市の、つくばエクスプレス(TX)つくば駅から約1キロメートルほど南にあった多くの家電量販店が集積していた地区のことを指す。

 その一番の特徴は、秋葉原電気街のような「駅前型」ではなく、「郊外立地」そして「ロードサイド型家電量販店の集積地」であったことだ。つくば市の発展に伴い、1980年代から1990年代にかけてロードサイドの僅か約500メートルのあいだに次々と家電量販店が出店。

 最盛期には「コジマ」「第一家庭電器」「サトームセン」「石丸電気」「ダイイチ」「カスミ電器」「コナン販売」「インティオ」「ダイエー」といった、大手家電量販店から地場大手家電量販店、パソコン専門店、総合スーパーまで様々な業態の店舗が各社入り混じって「家電の安売り競争」を繰り広げることとなった。

石丸電気が広告で「つくば電気街」をアピール

 ロードサイドでありながら、家電量販店が隣り合って立ち並んだ様子がまるで秋葉原の電気街のように見えたことから、いつしかこの名で呼ばれるようになり、1994年に石丸電気が広告で、つくば電気街をアピールするようになったため広まったという

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「つくば電気街」があった場所の現在の様子。手前の塾は元々「サトームセン」。奥の西友(当時はダイエー)まで500mほどの間に多くの店舗が存在した

 国内では珍しい存在であったロードサイド電気街つくば電気街は、一体なぜ形成されていったのであろうか。今回は「つくば電気街」成立の歴史を辿ってみたい。

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