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『ボヘミアン・ラプソディ』を深く読み解く“5つのポイント”。屈指の音楽映画となった理由

 2021年6月4日よる9時より、「金曜ロードショー」(日テレ系)で『ボヘミアン・ラプソディ』が地上波放送されます。

ボヘミアン

『ボヘミアンラプソディー』 金曜ロードショー公式サイトより

 本作は伝説的ロックバンド・クイーンのボーカルである、フレディ・マーキュリーの半生を描いた伝記映画です。特徴的なのは、物語のクライマックスを20世紀最大のチャリティーイベント「ライヴ・エイド」に置いていること、その演奏シーンで「特別なことが何も起きない」ことでしょう。

 クライマックスでは「演奏をしているだけ」で、ドラマティックな演説も、不測のアクシデントも、何もありません。当時のライヴ・エイドを大勢の観客も含め完全再現した映像の迫力、そもそものクイーンの楽曲の力が大きいのももちろんですが、「それだけではない」のは明白です。

 そこには「これまでのフレディの人生の集積」があり、同時に「普遍的に全ての人に通じる人生の肯定」があるからこそ胸を打つ、まさに「映画でしかなし得ない」感動があったのです。その理由を以下より解説・考察していきましょう。

※以下からは『ボヘミアン・ラプソディ』の結末を含むネタバレに触れています。まだ映画を一度も観たことがないという方は、先に本編を鑑賞することをおすすめします。

1:史実からもわかるフレディの「過ち」

 主人公であるフレディは、はっきり「過ち」を犯した人物です。特に高額のソロ活動の契約をメンバーの相談もなしに結んだことは、決定的なまでの亀裂となりました。その時にフレディはメンバーたちに「俺がいなければお前らは平凡な仕事に就いていた」と言っていましたが、これはひどい侮辱であると同時に、史実を踏まえても「間違い」なのです。

 例えば、ギタリストのブライアン・メイは「宇宙の論文を書いても誰にも読まれない」と言われていましたが、実際は2007年に天体物理学の博士号を取得するほどの類まれな学者でした。また、ベーシストのジョン・ディーコンは「お前は何も思い浮かばない」とまで言われていましたが、実際は電気工学を専攻したことを生かし、クイーンがキャリアを通じて使用していたオリジナルのアンプを作成するなどしてバンドに貢献していたのです。

 ここで思い出すのは、EMIの重役レイ・フォスターが新曲「ボヘミアン・ラプソディ」を「私の望んだ曲じゃない」「金を出すのは私だ!」と売り出すことを拒否したこと、その後にマネージャーのポールとも決別したことです。彼らは「メンバーの意見を聞かずに自分の独断で進めようとする」という、フレディとほぼ同じことをしていたのですから。

 レイは「あんたはクイーンを失った男として記憶される」とフレディから言い捨てられ、ポールもフレディの前に2度と現れることはありませんでしたが、そのフレディ自身もまた「クイーンを失ってもおかしくなかった」人物だったという、皮肉があるのです。

2:「何も悪くない」からこその苦しみ

 フレディは自身のセクシャリティために、孤独を深めてしまっていました。例えば「I Want To Break Free」でのミュージックビデオのためにフレディは女装癖があるのだと世間からなじられ、マスコミからも執拗にセクシャリティを追求され、妻や娘という「家族」がいるメンバーとの溝も広がっていったのです。

 そのフレディはかつてメアリーにバイセクシュアルだとカミングアウトした時、「あなたはゲイよ」「あなたは何も悪くないから、余計に辛くなる」と返されていました。その通り、フレディは前述したような過ちも犯しましたが、元々のセクシャリティについて彼自身は何も悪くない、1980年代にはゲイやセクシャルマイノリティへの強い偏見があり、それをフレディ自身がわかっていたからこそ(過ちにもつながってしまい)、彼は苦しんでいたのです。

 そして、当時のゲイへの偏見と差別を加速させていたエイズにも、フレディは残酷にも感染してしまいます。しかし、彼のその後の姿に悲壮感は全くありません。過ちを認め、再び「家族」となったメンバーに、自身のエイズ感染をまだ公にしないことを約束し、「心配するな。絶対に憐れんだりするな。同情は時間の無駄だ。そんな時間があるのなら、音楽に使いたい」とまで宣言し、その言葉通り(映画の時間においても)その後の全てをライヴ・エイドに捧げるのですから。

 ちなみに、実際のフレディがエイズの診断を受けたのは、ライヴ・エイドの2年後のことでした。この史実との違いに一部では反発もあったようですが、決して故人を貶めるものではない、フレディ自身に「残りの時間を音楽に使いたい」と言わせているように、「時間が限られたフレディの生き様を見せる」ための改変として、個人的には大いに肯定できました。

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