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阪神のピッチャーから驚きの転身。「日本一不器用な俳優」の人生を変えた出会い

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朝ドラや大河ドラマにも出演

 こだわりを捨てるきっかけになったのは、古巣・阪神タイガースを舞台にした2002年公開の映画『ミスター・ルーキー』で演じた4番打者・多田役。メガホンを取ったのは『破線のマリス』で映画デビューさせてくれた井坂聡監督だった。

 野球選手役だけは拒んできた嶋尾さんだったが、東大野球部出身で野球をこよなく愛している井坂監督から「主人公の職業をきちんと描きたい」という強い思いを聞き、ついにユニフォームを着て野球選手の役を演じることを決めた

 脇役ながら恵まれた体格が放つ存在感を持ち味に、これまで50作品以上のドラマや映画に出演。舞台経験も豊富で、自ら演出を担当することもある。俳優であれば“ちょい役”でも出たいと思う朝ドラや大河ドラマにも出演を果たし、彼を評価して起用し続けてくれる監督も少なくない。

 だが、「よく存在感があるって言われますけど、ただ体がデカいだけですし、作品によっては変に目立ってしまうこともありますから。満足のいく芝居ができたことは1度もないし、いつまで経っても下手な役者なんです」と納得していない様子。

 おまけに俳優の醍醐味を聞いても「楽しさよりも、つらいことの方ほうはるかに多いですからね…」と語る。

絶対に中途半端で終わらせたくない

嶋尾康史さん

2020年2月5日に放送された『OF LIFE』(毎日放送)での一場面。舞台稽古で演出を指示する嶋尾さん ©吉本興業

 では、なぜ俳優を続けるのか。

「野球は答えが出る。だけど、芝居には答えがないんですよね。今でも、どんな芝居が正解なのか分からないし、きっと死ぬまで悩み続けると思います。でも、役者は自ら選んだ道ですから。これだけは絶対に中途半端で終わらせたくないんです

 奇縁が重なって身を投じた俳優業も、気づけば芸歴25年目。プロ野球10年、少年野球から数えれば19年間の野球人生を超えた。

 芝居に正解はないかもしれない。しかし、ドラマ『やまとなでしこ』、映画『Fukushima50』などで彼を起用した若松節朗監督は、嶋尾さんに密着した2020年放送のドキュメンタリー番組『OF LIFE』でこう語っている。

「嶋尾は日本一不器用な俳優。これは誉め言葉。不器用って自分で分かっているから、一生懸命努力する。1つのセリフに対して100回練習してきただろうなということが分かる。これが彼の不器用の強さ。それが画面で惹きつける」(同番組より)

 これが嶋尾さんが選んだ俳優という道へのひとつの答えだ。

<取材・文/中野龍>

1980年東京生まれ。毎日新聞「キャンパる」学生記者、化学工業日報記者などを経てフリーランス。通信社で俳優インタビューを担当するほか、ウェブメディア、週刊誌等に寄稿

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