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慶應卒、“フリーランスの企画屋”がバズるイベントを生み続けられる理由

ビジネス

 ゼロから村を作るサービス「あの村」の運営、「怪しい肩書の人限定飲み会」「性格の悪い人限定飲み会」などネットでバズる一風変わったイベントを主催、フリーランスの“企画屋”という肩書きで活躍しているのが、堀元見さん(26)です。

 つい最近も、昨年末、自身のブログに投稿した「【サバの話だったの?】WEEKLY OCHIAIというコント、あるいは地獄について。」が“意識高い系”の本質に迫る分析だと、ネットで話題になりました。

 慶應大学卒という経歴を持ちながらも、新卒で就職することを選ばず、遊び方のプロという肩書でフリーランスとしてのキャリアをスタート。現在もイベントの企画運営に限らず、さまざまな分野をまたにかけ、会社に所属することなく生計を立てています。

 そんな堀元さんにフリーランスとして歩むコツや、バズる企画を作り続ける秘訣、その原動力についてお伺いしてきました。

もともとは冷めた中高生だった

――もともとどのような学生だったのでしょうか?

堀元見(以下、堀元):中学生、高校生くらいはなんというか、冷めたやつでしたね。クラスに一人はいるような妙に達観している感じの嫌な奴。正直なところ、このまま何もなく、普通に生きていくんだろうなぁと思っていました。

 現在のような生き方を決めたきっかけは振り返ってみると、故郷の札幌から東京に出てくるときに空港で買ったイケダハヤトさんの『年収150万円で僕らは生きていく』(星海社新書)を読んだことかもしれません。

――イケダハヤトさん! なんとなく意外ですね。

堀元:今でこそ、なんだか面白い感じになっていますが、7年前くらいのイケハヤさんの考え方は革新的だったなと思っていて。この本を読んだことで、いろいろな生き方があるんだ、お金をあまり稼がないで生きていく方法もあるんだという発見ができました。

 その後、大学生活の中で普通に就職して働いたりしていない、“あいまいな大人”に会ったりして、よりそういう気持ちが強くなりましたね。

学生時代に経験した挫折

堀元見

堀元見さん、とってもいい人

――学生時代はどのようなことをされていたんですか?

堀元:教育系のベンチャーに立ち上げから関わっていました。ただ、運営していく中で僕たちが提示する教育法に東大卒の親御さんばかりが集まってきたりして。必要としている人間に、必要な情報が届かないという現実に直面しました。

 僕個人としては、能力があるのに持て余している子供たちに能動的に学ぶ機会を届けられればと思っていたんですが、それができないと感じてしまったんです。だから、大学3年生の時にやめてしまいました。

――学生時代に一度、挫折した経験があるんですね。

堀元:やめた後、やることがなくなってしまい、暇になったんです。そんな折に、地元の北海道に戻って、当時の友達を中心にいろんな人たちを誘って大きなかまくらを作るイベントを開きました。それが楽しくて。

 イベントがきっかけで、大学に戻った後、親友と一緒に2人で「ムダ祭り会」というイベント団体を立ち上げました。外部の人たちを巻き込むことを前提に作ったイベント団体だったのですが、当時は利益を考えないでやっていて、イベントに来たお客様からお金をもらってトントンという感じでしたね。