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『青天を衝け』で話題になった“悲劇のヒロイン”。政略婚から手にした真実の愛とは

コラム

 幕末から明治期に活躍した“日本の資本主義の父”渋沢栄一を描いた、現在放送中のNHK大河ドラマ『青天を衝け』。本作にも登場し、乃木坂46元メンバーの深川麻衣さんが演じるのが、皇女和宮(かずのみや)だ。将軍家茂の死去に正室の和宮が悲しみに暮れ、次期将軍慶喜に呪詛の言葉を吐く、深川さんの演技が「鬼気迫る」「闇落ち」とネットで話題にもなった。

青天を衝け

画像はNHK公式サイトより

 孝明(こうめい)天皇の異母妹である和宮は、政略結婚の犠牲になった悲劇の女性として知られているが、人気歴史研究家の河合敦氏@1ne15u)は「そう簡単に“悲劇の女性”と断定してしまうのは間違いだろう」と述べる。政争の具となり、いやいや江戸へくだって江戸幕府第14代将軍・徳川家茂の正室となったが、その結果は決して不幸だとは思えないという。

 家茂が20歳の若さで死去し、未亡人となった和宮の“その後の人生”を河合氏の著書『お姫様は「幕末・明治」をどう生きたのか?』より解説する(以下、『お姫様は「幕末・明治」をどう生きたのか』を一部編集のうえ、抜粋)。

変革にのんきだった幕閣たち

 ペリー来航以降、国内では攘夷の機運が高まり、江戸幕府と朝廷の間では対外政策で意識のずれが生じていた。そんななか、時の孝明天皇の攘夷実施の強い求めに応じて、徳川家茂は上洛を決意

 その途上、将軍継嗣問題で対立する一橋慶喜が家茂の暗殺を企んでいるという流言が広がり、将軍の側近らはその警戒に神経をとがらせた。関東にいると、上方や西国で起こっている時勢の大きな変革を肌で感じることは難しいようだ。

 それにしても幕閣はあまりに呑気すぎた。大坂城において、幕府の老中らはまじめに長州征討について論じ合おうとしなかった。

「将軍がわざわざ大坂まで来臨したのだから、長州藩は恐れをなしてみずから降伏してくるに違いない」。そう思って安心し切っていたのである。このように幕閣が無為なときを過ごしていた慶応元年(一八六五)九月、まったく予想しなかった方向から驚嘆すべき事態が飛び込んでくる。

英・仏・蘭・米が突然の干渉

書籍

河合敦・著『お姫様は「幕末・明治」をどう生きたのか』(扶桑社文庫)

 英・仏・蘭・米四か国の公使が艦隊を率いてにわかに兵庫に入港し、「幕府が一八六三年に開港を確約した兵庫がいつまで経っても開かないのはどういうわけだ。また、いつになったら修好通商条約の勅許がおりるのか。幕府は本当に約束を守る気があるのか。もし、勅許と開港の承諾をすぐに得られぬというなら、自分たちが直接京都へ赴いて朝廷と直談判する」、そう通告してきたのである。

 恫喝であった。もしそんなことになれば、全国政権としての幕府の存在価値は消失してしまう。倒幕派は一気に勢いづくだろう。

 幕府の威信にかけても、それだけはやめさせねばならなかった。そこで、老中阿部正外と松前崇広は、将軍家茂の承認を得て、幕府独断で兵庫開港を決めたのである。

お姫様は「幕末・明治」をどう生きたのか

お姫様は「幕末・明治」をどう生きたのか

知られざるお姫様たちの生き様を、人気歴史研究家の河合敦先生が紹介する

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