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ビジネスに欠かせない「PDF」はインターネット普及前に誕生。その先見性の秘密を聞く

ビジネス

今から30年前の1993年。家庭におけるパソコンの普及率も極めて低い上、携帯電話も浸透とは言えず、多くの生活者の中で緊急の連絡を必要とする人の大半は「ポケベル(電話回線を使い小型受信機に合図を送り、連絡を促したり、メッセージを送るもの)」を使用していた時代だ。

インターネットも一般的ではなかった今から30年前の1993年に誕生したPDFの秘密に迫る

当然、インターネット自体も浸透とは言えず、当時の人々の多くは「今のネット社会」を全く想像していなかったはずである。

しかし、そんな時代に開発されたのがAdobe(以下、アドビ)によるPDFだ。今では当たり前のように使っているPDFだが、パソコンもインターネットも普及していなかった30年前にどのようにして開発されたのだろうか。

今回はアドビ株式会社 マーケティング本部の立川太郎さんに、PDFの黎明期を聞くとともに、今日ほどの浸透に至った最たる優位性は何かを解説してもらった。

アドビ株式会社 マーケティング本部・立川太郎さん

紙ベースだった情報伝達を、物理メディアに妨げられることなく自由にする

アドビ共同創業者のチャールズ・ゲシキ氏(左)と、ジョン・ワーノック博士(右)(出典:アドビ)

PDFと聞いて、「それなんですか」というビジネスパーソンはほとんどいないと思うが、改めてその形式について紹介する。

PDFとは「Portable Document Format」の略称で、パソコン上において、文書の作成元のアプリケーションやプラットフォームに依存することなく、フォント・画像・レイアウトを高い表現性で表示し、そして保持できるグローバルなファイル形式のこと。今ではあらゆるビジネスシーンで欠かせないものであり、印刷形式にもなる重要なファイル形式である。

このPDFを、パソコンもインターネットも普及していない30年前の1993年に発表したのがアドビの共同創設者であるジョン・ワーノック博士のチームであった。合わせて、このPDFの閲覧や作成を可能とする「Adobe Acrobat」を発表した。その裏側には、ジョン・ワーノック博士による大きな変革目標があったと、立川さんは話す。

「PDF発表以前の1991年、アドビの共同創設者であるジョン・ワーノックは『The Camelot Project』というアイデアをもとにした、『紙からデジタルへと変革するプロジェクト』を発足させました。

当時、コンピュータのアプリケーションやシステム間において、正確なドキュメントを交換することに課題があったのですが、当プロジェクトの目標は、ソフトウェアやハードウェアに依存することなく、ドキュメントを文書の体裁を保ったまま交換したり、表示および印刷することが可能となる『簡単なツール』を提供することでした」(立川さん)

ジョン・ワーノック博士により「The Camelot Project」と名付けられたPDFの設計思想を書いたメモ(出典:アドビ)

ただし、この時代の情報伝達はまだ紙ベース。限られたパソコンユーザーの間でも、電子文書をやり取りする場合は、フロッピーディスクでやり取りするなど、印刷や発送などのコストと時間が当たり前だった。

そんな中で立ち上がったのがジョン・ワーノック博士のプロジェクトで、「『物理メディア』によって妨げられることなく、情報伝達とアイデアを自由にする」ものとして、時代の何歩も先をゆく画期的なものだった。

「PDFのライバルは紙である」とアドビ創業者

また、ジョン・ワーノック博士だけでなく、アドビの共同創設者であるチャールズ・ゲシキ氏もまた当初よりこのプロジェクトを支持し、「それまで紙をベースとした業務などを、紙でできる以上のことをデジタルで表現する」というビジョンを掲げていたという。

その上で1993年にアドビより発表されたのがPDFだったが、それまでにない画期的なファイル形式でもあり、その構造をパソコンユーザーに理解してもらうのにまず一苦労したという。

「チャールズ・ゲシキはPDFの誕生当初『PDFのライバルは紙である』と語っていました。

PDFは官公庁などのペーパーワークの価値を理解していた方ほど、いち早く導入いただきましたが、その一方で、PDFの『見た目の表示部分』と、情報を多層に管理する『構造化された中身』との関係を理解してもらうのには、とにかく苦労したと聞いています」(立川さん)

PDF普及の要因の一つはアドビの「技術公開」にあった

「Adobe Acrobat 1.0」(出典:アドビ)

しかし、1993年のPDFの仕様公開後の翌年の1994年、PDFリーダーとなる「Adobe Acrobat Reader」を無料公開したことで、PDFは多くの人に利用されることになった。また、後にはインターネット普及にあわせて、WebブラウザでPDFを開くためのプラグインの提供もスタート。これもまた今日への普及の大きな布石にもなったという。

「ジョン・ワーノックとチャールズ・シゲキは、当初からPDFと『Adobe Acrobat』を『ビジネスコミュニケーションツール』として考えていました。

私有ソフトウェアやフォーマットが主流だった当時、誰もがPDFを作成したり、利用できるようにと、技術を公開するなどに努めたことが、今日に世界中で広く普及している理由といえると思います」(立川さん)

また、PDF誕生からの10年間は、パソコンの浸透、パソコンの処理能力の向上、ストレージ容量の増加、インターネットの普及など、技術進歩による大きな変化がたびたび起こった。これらの変革からインターネットの利便性が高まり、消費者とビジネスがウェブに移行していったわけだが、この流れの中で「デジタルで文書をやり取りする」ニーズが高まり、PDFの普及が進むにつれ、普及が高まった当初は、相応の問題も起こったと立川さんは言う。

「2008年にはPDFが国際標準化機構(ISO)の規格承認を受け、国際規格(ISO 32000-1)となりました。これにより誰でもPDFを作成するツールが作れるようになりましたが、そのことで規格を十分に満たしていないことできちんと構造化されていない低品質なPDFも多く作られるようになりました。

PDFの特長は、元の文書に含まれる体裁やフォント、画像といった複数の情報を、高い再現性をもって一つのデータにまとめて管理できる点です。

『PDFファイルの文字化け』といった不測の事態を防ぐためにはISO準拠の高品質なPDFが作れるツールを使うことです。つまり、きちんと構造化された『セキュアな情報コンテナ』として機能するPDFを作っていただくことが大切で、PDF本来の優位性をきちんと発揮できると考えています」(立川さん)

今後AIを活動した場面でもPDFの果たす役割は大きい

また、立川さんによれば「PDF本来の機能」を発揮させながら使うニーズは、近年特に高まりを見せているとも。

「PDFは『最終系のフォーマット』ではなく編集したり、コメントを加えたり、電子署名を施したり、必要な情報を抜き出すなど、さまざまな機能をもった柔軟なファイルフォーマットです。

アドビは、PDFの生みの親として、様々なイノベーションによってデジタルドキュメントの未来を創造し続けていますが、アクセシビリティの観点からも、PDFに眠る情報をきちんと『構造化』し、アクセシブルな情報に変換するという需要が高まっているように感じています。そうした点から見ても、今後AIなどを活用したサービスなどの場面でPDFが果たす役割は大きいと考えます」(立川さん)

今年のPDF誕生30周年に際して、6月15日が「PDFの日」として制定されたり、6月から7月にかけてはアドビの公式X(旧ツイッター)アカウントにおいて「#PDF検定」といったキャンペーンが実施されるなど、PDFの優れた優位性や特徴を再認識する機会が増えた。

また、PDFと同世代のアーティスト・xiangyu(シャンユー)が生誕30周年を記念して制作した、コラボレーションソング『People Dancing Future』も発表されている。https://www.youtube.com/watch?v=rcp9sZs9ZCM

今年より6月15日は「PDFの日」として制定された

立川さんのここまでの話にある通り、PDFをきちんと理解し、構造化された「セキュアな情報コンテナ」として使うことで、30周年以降の未来においてもビジネスシーンで大きな効果をもたらすことだろう。立川さんによれば、より深く、そして気軽に使いこなすツールもアドビでは近年数多く提供しているという。

「例えば『Adobe Acrobat』は、デスクトップアプリだけでなく、ウェブブラウザ上でも無料から使える機能が充実しており、Google Chromeの拡張機能やモバイルアプリからでもご利用いただけます。さらに『Adobe Scan』というモバイルアプリを使えば、紙文書をスマートフォンでかざすだけで文字認識可能なPDFを作成することができます。編集や電子契約などを使ってさらに仕事を効率化させたいビジネスパーソンには、有料ツールの『Acrobat Standard/Acrobat Pro』も提供しています。

使われる方の用途に合わせてそれぞれにご活用いただき、今後さらにPDFをビジネスシーンに役立てていただければ幸いです」(立川さん)
今から30年前、インターネット普及前にアドビによって開発されたPDF。この画期的な機能の中身を改めて理解し、これからの未来にも活用していきたいものだ。

<取材・文/松田義人>

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アドビ
https://www.adobe.com/jp/about-adobe.html

Adobe Acrobat
https://www.adobe.com/jp/acrobat.html

 

音楽事務所、出版社勤務などを経て2001年よりフリーランス。2003年に編集プロダクション・decoを設立。出版物(雑誌・書籍)、WEBメディアなど多くの媒体の編集・執筆にたずさわる。エンタメ、音楽、カルチャー、 乗り物、飲食、料理、企業・商品の変遷、台湾などに詳しい。台湾に関する著書に『パワースポット・オブ・台湾』(玄光社)、 『台北以外の台湾ガイド』(亜紀書房)、『台湾迷路案内』(オークラ出版)などがある

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