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ウィル・スミス“ビンタ事件”で浮き彫りになった「日米での温度差」と「偏った正義感」

暮らし

コメディ業界自体の萎縮と安全性が損なわれる

 とはいっても、選挙においても保守とリベラルが真っ二つに分かれるように、アメリカでも両極端な意見があるだろうし、保守的な男らしさを賛美する右寄りなメディアにおいては、ウィルへの賛美をする声もあるだろう。そういった極端な論調を切り取って、「海外でもウィル擁護の声が多い」と伝える日本のメディアは非常に危険だ。

 間違いなく傷害事件であり、クリスが訴えることもできれば、逮捕の可能性も十分にあり得る深刻な状況。ジム・キャリーが、「自分だったら訴えている」と発言するほど、コメディアンの間では、影響力のあるウィルが暴力をふるったことへの衝撃は、決して謝罪で補いきれるものではない。

 手段がビンタだったことや、「ウィル・スミス」という有名人だったこともあり、大目に見られている部分もある。だがこの先、「コメディアンの言葉で傷ついた」「ウィル・スミスもやっていた」と主張した人物による事件に発展する可能性も大いにあり得る。コメディ業界自体の萎縮と安全性が損なわれることに繋がりかねない。

多様性を目指した立役者だった2人

コンカッション

『コンカッション』(販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント ¥3980)

 2016年、第88回アカデミー賞の俳優部門にノミネートされた20人が、87回に続きすべて白人だったことから、人種差別だと批判が殺到。SNSで#OscarsSoWhite(白すぎるオスカー)として広まった。ウィルも主演映画『コンカッション』がアカデミー賞においてノミネートされなかったことも重なり、アカデミー賞をボイコット。

 その第88回アカデミー賞授賞式で、クリスは司会を務めた。トークの中で、たびたびノミネートの多様性の欠如について、痛烈なジョークをとばしたことも話題となっていた。言ってみれば、このウィルとクリスは、人種や性別の枠組みを超え多様性を目指した立役者でもある

 今回、ウィルの主演男優賞は、ほぼ受賞確定枠だった。黒人俳優が主演男優賞を受賞するのは、第79回の『ラストキング・オブ・スコットランド』のフォレスト・ウィテカー以来であって、実に15年ぶりの快挙。

 本来なら、多様性を体現した歴史に残る感動的なシーンになるはずだった場が、“有害な男らしさ”とも捉えられる暴力によって台無しになってしまったことは、何より残念でならない。

<TEXT/映画ライター バフィー吉川 編集/ヤナカリュウイチ(@ia_tqw)>

映画評論家・映画ライター。映画情報&批評サイト「Buffys Movie & Money!」を運営中。Stand.fmなどの音声メディアで「バフィーの映画な話」も定期的に配信中。著書に「発掘!未公開映画研究所」(つむぎ書房)がある

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