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佐藤二朗が振り返る“20代の暗黒期”「リクルートを1日で辞めたのはアホだった」

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俺は俳優になる運命だ!と思っていた

はる

――佐藤さんは小学生のときに学芸会に立たれたことをきっかけに、俳優になりたいと思われたそうですが、外からの影響もありますか?

佐藤:もちろんあります。当時、山田太一さんとか倉本聰さんのドラマなんかを食い入るように見ていました。大人が見るようなドラマですから、マセていましたね。あとは小山内美江子さんの『父母の誤算』とかね。もう小学生ではなかったかもしれないけれど、松田優作さんにも影響を受けたし、『幸せの黄色いハンカチ』の武田鉄矢さんもすごく見ていた。

 ただ、根拠なく「俺は俳優になる運命だ!」と思う熱量と同じくらい、「なれるわけがない」という思いもあって、普通に就職するんだろうなとどこかで考えていて、適当に勉強して大学に進みました。

――信州大学を卒業されて、リクルートに入ったんですよね。

佐藤:お恥ずかしい話、1日で辞めてしまいました。で、「俳優になるしかない」と思い2つ養成所に行ったけどダメで、また会社員に戻ったのに、そのあと「ちからわざ」を旗揚げするという。

芝居への思いの火を消せなかった

――「ちからわざ」を立ち上げたのは、養成所に行ってもダメなら、「自分で作ればいい」と思ったからですか?

佐藤:いや、落ちたあとに「じゃあ、自分で作る!」となったならいいですけどね、落ちたあとはサラリーマンをやっていますからね。ほんとに僕のダメなところなんだけど、諦めたつもりが、やっぱり芝居をやりたくなって、でもまた養成所に行く気にもなれず、最初の養成所の仲間を誘って立ち上げました。

――再就職のときに仕事でうまくいかなかったのなら、わかりますが、仕事は順調だったんですよね?

佐藤:営業トップでしたから。でもバケツの水どころか、風呂いっぱいの水を何度もかけて消したつもりの「芝居への思いの火」が、まだくすぶっていたんでしょうね。

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