新宿駅の人身事故をスマホ撮影。SNS社会で何が失われたか?<ダースレイダー>
“一億総ジャーナリスト気取り”になっている
ダースレイダー:誰かを傷つける、不快にさせる情報を発信すること自体は、差別は論外としても、自分の意思で行い、すべての批判を受け入れる覚悟があるのならいいと、僕は思う。しかし、それは同時にそう見られることを分かってほしい。
それでも「俺は面白いと思っているんだ、見せるべきだ」と強い覚悟があるのであれば、僕はわかるんですけどね。全然そんなことなく、「ちょっと、いいね! がほしいな」「リツイートされたらいいな」くらいの気持ちでやっているなら、しないほうがいい。
事故・事件現場には犠牲者、被害者もいるだろうし、彼らの目に入ることもある。今現場で起こっていることをいち早く報道しなければならない……って、いつの間にか、みんなが事件記者みたいな気持ちになっちゃってるところがある。
自分の役割ではないのに首を突っ込む“一億総ジャーナリスト気取り”みたいな。これは変な話、テレビなどのメディアが「Twitterでこんなものがバズってますよ」としてしまったせいで、一般のところまでメディアが下りてきてしまって、境目がなくなっているんじゃないかな。
事件・事故のSNS投稿が横行する理由
ダースレイダー:そもそも、速報をするには知識や経験がなければならない。「今ここでこんなことが起こっているということは、こういうことだ」ってことを分かったうえで早く報じる。
誤報を出しちゃうこともあるけど、それでも報ずるべきかそうでないかの判断は、「今これを出さないとこういうことになる」「これを出すとこういう効果がある」とか蓄積された知識や経験を踏まえて行うべき。それが本来の報道の形だと思う。
メディアがそれをサボっている間、今度はまったくそういった知識や経験もないのに、「今、目の前で何か起こっている」「とりあえず、何か起きていて、面白いから投稿しよう」という人が増えている。彼らはあたかも自分が正義、正しい行動であると思い込んじゃっている。
じゃあどうすりゃいいのって言うと、ジャーナリズムを標榜するメディアがちゃんと仕事をすることしかない。それで「これは僕にはできないな」と、みんなに思わせることが重要。でも今は「こんなの俺でもできるだろ」ってことしかメディアもやっていない。