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日本人の性のテクニックは衰退の一途?考えられない昔の性事情

 コンドームの付け方や、イザというときの手順が分からずに「どうして学校ではこんな大事なこと教えてくれなかったんだ!」と思った経験、あるいは「気になる相手と、いつ“初めて”をするべきか」など性の悩みはありませんか?

カップル

※画像はイメージです(以下、同じ)

 昔は「結婚まで清い身体でいよう」なんて言っていたようですが、実際はどうだったのでしょう。本企画では恋愛に関するソボクな疑問を、歴史的な観点から民俗学者の新谷尚紀教授に答えてもらいます。

 第2回目は「昔の若者の性事情」です。

地域の大人たちが性教育の先生だった頃

新谷尚紀(以下、新谷先生):最初に言うと、結婚まで清い身体を守るという考え方は、歴史的に見るとかなり新しいものです。日本では古い時代から、互いに気があり、好きだと思い合った場合には、性行為に至るのは自然のことでした。

 明治から大正の頃まで日本各地の農山漁村では「夜ばい」といって、若者の性行為には必ず立会人がいて、好きな者同士の間を取り持っていました。恋愛だけで性行為がないというのは、日本の昔ながらの形ではありません。

――いきなり思いもよらぬ回答! 日本人は慎ましいとか、世界的に見て性に淡白だと言われているのに……。

新谷先生:そもそも、共同的な暮らしを営んでいた昔ながらの村では、性の知識が今よりも身近にありました。地域の大人たちが自分たちもそうだったから、子どもたちの変化によく気付き、性的な成長を察すると、それに応じて性の知識を与えていたのです。

 性行為はスポーツや歌と同様で、上手・下手があるのは当たり前。だから若者たちは、村内の年上の仲間に性的なことをこっそり教わりました。そうして、その若者が成長したときにまた年下の子に教えるといった、地域の中での繋がりがあったのです。

昔はオトナの女性が筆下ろししてくれた!?

――部活の先輩・後輩のような関係ですね。ちなみに、初体験はどのようにしていたのでしょう?

新谷先生:男女ともに、一人前になるための儀礼の中で済ませていたようです。男子は一定の労働ができるようになると、後家さん(未亡人)や、中年の女性に筆下ろしをしてもらったというような調査情報があります。子供ができなければ村は存続できないので、地域をあげて性教育をしていたといえるでしょう。

――男性は一人前の労働力として認められないと、性行為がNGだったなんて厳しい反面、初体験の面倒を見てもらえるなんて羨ましくもあり? また、女子も儀礼の中で初体験を済ますとのことでしたが、「処女を守る」概念はなかったのですか?

新谷先生:日本の一般的な性の考え方においては、処女であることに特にアドバンテージはありませんでした。一人前の女性になるための儀礼「成女式」の多くに、「破瓜」(処女喪失)を伴った背景には、処女に対する特別な観念があったと同時に、普通には処女のままでは結婚できない、という考え方があったようです。

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