韓国・中国人がアカデミー賞で躍進。日本の映画界が負けている深刻理由
文化にかける国の予算が少なすぎる日本
まず、挙げられるのは、映画をバックアップする政府の姿勢の差である。国家予算で比較すると、映画に割かれる国家予算は、日本が60億円(文化庁20億円、クールジャパン関連を40億円と推定)に比して、国民の人数が日本の半数以下の韓国の映画予算は、400億円である。
また、文化全体の予算をアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、中国、日本で比較した場合、日本は最下位となっている。韓国が2525億円、中国が1167億円のところ、日本は1040億円と少ない(全体の国家予算に占める割合は5位、1位は韓国、2位はフランス、4位は中国)。
また、日本には、世界で通用する良作を製作できる潤沢な予算・環境は皆無と言っても過言ではない。現在、東宝、東映、松竹の三大映画会社が製作・配給する映画は、マンガや小説などで一定の売り上げのあった原作ものが主流であり、中でもアニメが主流になりつつある。つまり、オリジナルの脚本で実写版の映画が製作されることは非常に少なくなっている。
正直なところ、大人の鑑賞に堪え得る作品は少ないと言っても過言ではないだろう。娯楽性では遜色がないのかもしれないが、普遍的なメッセージや芸術性が薄く、三大映画祭をはじめとした国際映画祭にはノミネートされていない。
そして、大人が見ないということは、市場規模を狭くしていることにもなる。アニメファン、原作ファンなどある一定の層に向けて作り続けていれば確実に収益が上がるが、それ以上の売り上げを望むことは難しい。これは、3会社とも上場会社であり、収益を確保して株主の要求に応えなくてはならないことから、市場原理に従った映画製作を行った結果とも取れる。
しかし、その安易な姿勢が日本映画の国際競争力を弱めているような気がしてならない。日本でそこそこ当たれば食べていける=これ以上のものは目指す必要がない、という発想は産業そのものの衰退を招くのではないか。
すぐれた日本人監督は多いのにサポートがない
一方で、海外で高い評価を受け国際映画祭の常連になっている、是枝裕和、黒沢清、河瀨直美、塚本晋也、諏訪敦彦、深田晃司監督はもちろん、若手では、ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した濱口竜介監督のほか、作品を出品した富田克也(カンヌ)、三宅唱監督(ベルリン)など現在の日本の実力派監督などの作品を見ると、ある程度の予算をかけて社会的なメッセージがあり見応えのある映画、つまり、世界に通用するオリジナルの脚本の実写版を作り続けている。
海外展開の手段を確保すれば、『パラサイト 半地下の家族』のオスカー受賞のような偉業も難しいとは思えない。そのために、日本政府は何らか施策を打つべき時期にあるのではいか。
例えば、フランスや韓国の映画製作サポートの財源は純粋な税金ではない。映画入場料金の数%を徴収し、それを映画支援のための資金に充当する「チケット税」制度が導入されている。映画人が映画人を支える仕組みがあるのだ。
そして、映画振興を支える専門組織が、フランスでは映画振興組織CNC(Centre national du cinéma et de l’image animée/国立映画センター)、韓国ではKOFIC(Korean Film Council/韓国映画振興委員会)という形で存在している。もちろん、こうした大胆な政策を打つベースを作ったのは、フランスが映画発祥の地であること、そして、映画界のサポートを受けて当選した韓国の金大中元大統領の存在などもあり同一視はできないが、日本もこのような努力が必要ではないか。