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ラグビーW杯、ジャパン躍進の原動力となった名将2人の理念を振り返る

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 日本代表の史上初となるベスト8進出は異様なまでの盛り上がりを呼んだラグビーW杯。1か月半におよんだ熱狂も11月2日に決勝戦(イングランドvs南アフリカ戦)を迎える。

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※画像はワールドカップ公式サイトより

「にわか」と呼ばれるファンたちを含め、多くの人々がラグビーに没頭したが、その根底にあるのは言うまでもなく、日本代表の躍進に他ならない。「奇跡」を起こした4年前の大会から、それぞれの指揮官が代表チームに投げかけた「想い」について、スポーツライターの佐藤文孝氏が分析する(以下、佐藤氏寄稿)。

知将がチームにもたらした理念とは

 南アフリカに勝利した「ブライトンの奇跡」を起こした前回2015年のW杯から4年。前日本代表ヘッドコーチ、エディー・ジョーンズは、ジャパンの骨格を成したのは「ハードワーク・自信・信念」の3つの言葉だったと語っている。

 日本スポーツ史上のカリスマの一人となった指揮官ではあるが、桜のジャージを着るラガーマンたちに魔法をかけたわけではない。「ヘッドスタート」をはじめ、当時多くのラグビーファンに知れ渡った練習プログラム(ハードワーク)で選手たちを鍛え上げ、それを続けることで自信が生まれ、確かな信念へと変えたのだ。

 日本代表は、南アフリカやニュージーランドなど「ティア1」と呼ばれる強豪国に比べて、フィジカル面で圧倒的に不利だ。ラグビーという文化も、海外に比べてそこまで浸透していない。圧倒的に不利な状況下でも、日本代表が得意とする敏捷性と持久力を活かして戦う方法が、エディーが名付けた「ジャパンウェイ」だ。

日本だけが“助っ人外国人”に頼っている?

 また、外国人選手の積極的な活用もこの時代からスタートした。とはいえ、フィジカルで劣る日本だけが“助っ人外国人”に頼っているというのは誤解だ。強豪国のサモアやウェールズ、スコットランド、トンガなど2015年のW杯出場国は、日本よりも多くの外国人選手を登用している。

 そもそもラグビーで代表選手になるための条件には「ほかの国の代表選手経験がないこと」に加えて、以下の条件がある。

・出生地が日本
・両親または祖父母のうち1人が日本出身
・日本に3年以上継続して居住している(2020年12月31日からは、5年以上に変更)

 さらに、以下の条件でも代表資格は取得可能だ。

・日本国籍を取得後、7人制(セブンズ)日本代表としてセブンズワールドシリーズに4戦以上出場
・日本への累積10年の居住

 最もふさわしいスタイルと人選を考え、ゴールへと導く道筋を見いだす。それがエディーのやり方だ。

 ただし、その根底には「敬意」が存在している。エディーは「選手から好かれる必要はない。嫌われてもかまわないが敬意を持たれなければ指導者失格である」と語っているが、まさにその思いを示したものだろう(Number 925号『スポーツ嫌われる勇気』)。

 ハードワークを強いることでも、常にリスペクトが互いに必要だという。その理論が当てはまるのは、決してラグビーだけに限らず、上司と部下、さらには親と子のコミュニケーションにも有効であろう。

快挙を成し遂げた指揮官から伝わった勇気

 一方、今大会でジャパンを率いたジェイミー・ジョセフヘッドコーチはどうか。

 ジェイミーは、タックルを受けながら味方にボールを渡す「オフロードパス」に磨きをかけ、今大会に挑んだ。相手と接近することで危険が伴うものの、選手たちは果敢に挑み、いくつもの記憶に残るトライを生み出した。

 また、プール戦大一番のアイルランド戦ではリーチ・マイケルを先発から外すという決断を下す。主将をベンチに置くという、ともすれば批判の対象にもなりかねない選手起用だったが、ジョセフは「ロシア戦も田中(史朗、SH)とトンプソン(・ルーク、LO)が入ったことで、チームは落ち着いた。そういった理由でリーチを控えにした」と語った。

 前回大会後「奇跡」を起こしたチームの後を引き継いでからの4年間で、日本代表の選手層はとても厚くなった。エディーが「ジャパンウェイ」でチームを引っ張っていったのに対し、ジョセフは選手の自主性を尊重し、彼らの意見をもとに戦術や起用法を柔軟に変えていく。

 自国開催の大会を戦うことは、想像を超えるプレッシャーがあっただろう。しかし、こうしたジョセフ流の戦術で、奇跡を奇跡と呼ばせない高みにジャパンを引き上げた。敗れた南アフリカ戦後の会見では「最後の5分。20点以上の差がつきましたが、とにかくあきらめないで立ち上がり試合をした。ケガをしても諦めなかった。コーチとしては嬉しいです」と語り、未来にも希望と勇気を投げかけている。

「学び」が得られるラグビーの魅力

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© Catalina Zaharescu Tiensuu

 2015年のW杯が始まる以前、あるチーム関係者のコメントが当時の注目度を物語っていた。

「選手たちはこれほどの厳しい練習をしているのに、まったくスポットライトが当たっていなかった」(Number特別増刊号『桜の凱歌』)

 いささか、複雑な想いすら抱かせるコメントではあるが、そういう状況が長らく続いていたことも確かだ。今日、国内におけるラグビー人気は大きな変化がみられた。お祭りが終わると熱が冷めてしまうのも日本人の特性でもあるが、その精神を参考にし、引き継ぐことはできる。

 試合開始前や終了後の選手の表情からは、たとえ敵チームであってもお互いにリスペクトする精神が伝わってきた(試合後、敗者が勝者を称える「花道」は、グラウンドでの激しさを忘れさせるほど、穏やかな場面に感じられる)。

 いくつもの名場面を生んだW杯が終わってもラグビーは日常に存在する。数多くの学びがあるがゆえ、まだまだラグビーから離れられそうもない。

<取材・文/佐藤文孝>

新潟県在住。Jリーグ、プロ野球、大相撲やサッカーW杯、オリンピックなど多くのスポーツの現場に足を運び、選手、競技から伝えられる感動を文章に綴っている

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