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伊藤忠を辞めフリーター生活を経た哲学者が見つけた“働く目的”

キャリア

 山口大学国際総合学部教授を務める小川仁志さん(49歳)。7月に上梓した『5辛大盛がさえないボクに教えてくれた幸せな生き方』(共著/あさ出版)をはじめとした100冊以上の著作、哲学カフェなどでの活動で知られる哲学者です。

小川仁志

哲学者の小川仁志さん

 京都大学を卒業後、伊藤忠商事に入社し“順風満帆”な人生を送るかと思いきや、3年半で退社。4年間のフリーター生活を経て、哲学を学び始めたという紆余曲折な人生を歩んでいます。

 一時は“引きこもりのような生活”をしていたという小川さん。エリートサラリーマンが何故そうなったのか、そこからどう立ち直ったのか、そして、そんな人生を経た哲学者として、若手ビジネスマンが抱きそうな悩みをどう思っているのかを聞いてきました。

きっかけは台湾の民主化運動

――哲学者になる前は京都大学から伊藤忠商事というキャリアを歩まれていたそうですね。サラリーマンをやめたきっかけは何だったんですか?

小川仁志(以下、小川):入社2年目のことです。自分の希望が叶い、台湾への派遣が決まりました。台湾に渡ったのは1994年、折しも民主化運動の真っただ中、私も触発され、「社会を変える」活動がしたくなったんです。

 台湾での生活の後、北京に派遣されたのですが、北京はあの天安門事件があった場所。余計に人権問題に対する興味をもつようになり、一念発起して退職することにしました。

――仕事をやめたあとは4年ほどフリーターをされていたとのことですが、その時の生活はどんなものだったのですか。

小川:最初は“人権派弁護士”を目指し、司法試験の勉強をしていました。人権派弁護士として台湾の民主化運動に携わり、後に台湾総統にもなった陳水扁(ちん・すいへん)にあこがれていたからです。

 でも、挫折知らずだった私は甘く見ていました。当時の司法試験は合格率2%の超難関。にもかかわらず、勉強は独学、しかも本を読む程度で挑戦したのです。当然、試験は不合格で、勉強も続かず。でも、大見栄を切ってやめた手前、会社員にも戻れず、ずるずるとフリーターのような生活を続けることになりました。

 カネもなくなり、ボロいアパートに引っ越し、自分の無力さを痛感する体験でした。社会を変えるといっても、なんの力もなかったわけですから。最終的には挫折感から引きこもりのような状態になってしまいました。

人生を変えた哲学との出会い

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――哲学との出会いはどのようなものだったんですか?

小川:30歳のときだったと思います。腸から出血があり、病院に行くと大腸がんかもしれないと診断されたんです。結局は当時の不規則な生活やストレスがたたった一時的な体調不良でした。でも、これが生き直そうと思うきっかけになったのです。

 そのあとは図書館に通って救いを求め、ひたすらにいろいろな本を読み進めるなかでしっくり来たのが哲学でした。自分の頭で考え、本質を見出すということの大切さ、そして力強さに惹かれました。

――フリーターをやめてから、どうやって学問の世界に入ったのですか?

小川:もともとの目的である、社会を変える仕事をしようと、こんな自分でも受けられる名古屋市役所の職員に応募したのです。試験は合格、晴れて働くことに。この時、働きながら身の回りの社会を変えつつ、哲学を学び続けることに決めたんです。

5辛大盛がさえないボクに教えてくれた幸せな生き方

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ある日いきなり、ボクの人生に金髪のビジネスコンサル(5辛)とヒゲの哲学者(大盛)が現れた。なぜ、このおやじたちはボクに構うのか。そして、ボクの人生はいったいどうなってしまうのか―。働く人が今を生き抜くためのビジネス哲学。