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慶應卒男性がパワハラでうつ病、無職に…社会復帰できた理由は?

ビジネス

忘れていた情熱が再燃、転機となる言葉と出会う

 結果、1年間無職にならざるを得なくなることに。当然、強い不安もあったと言います。

「始めのうちは焦りました。このまま社会復帰できなかったらどうしようという気持ちが強かったですね。でも、家にずっといてもやることがなかったので、小さい頃から大好きだった漫画を一日中読んでいました。仕事をしてからは時間がなくなっていたのですが、もともと年に1000冊以上読むほどの漫画オタクだったので、忘れていた情熱が再燃したんです」

 仕事をせずに自宅に引きこもり漫画を読む日々。傍から見ると「あの人大丈夫か?」と思われてしまうような状況ですが、そこで人生の転機となる言葉と出会います。

「漫画家の落合尚之さんが書かれた『罪と罰』を読んでいたら、こんなセリフが書いてあったんです。『ちょっと賢い凡人が一番救いがたい』。その言葉に衝撃を受けました。『これは自分のことだ!』と。少しいい大学を卒業したばっかりに、どこかで変なプライドがあったことに気が付いたんです。

 周りから何か言われてるんじゃないかと疑心暗鬼になるのも、自意識過剰の勘違いですよね。同時に、このまま外の世界と交流を絶ったままの時間が続くと、無駄なプライドだけが大きくなるなと思いました。そこから、『早く外の世界に出よう』と決心して。じゃあ自分は果たして何がやりたいんだ?と自問しました」

 島村さんは「今の自分を救ってくれたのはエンタメ。しかも漫画が大好き。漫画編集者の仕事につきたい!」と思い立ちます。

自分にできることから始めた

読書する男性

写真はイメージです(以下同じ)

「思い立ったが吉日」。島村さんはその日から就職活動を始めますが、編集者になると決めた彼が応募した職種は経理。なぜだったのでしょうか?

「情熱だけで採用されるほど甘い世界ではないですから。しかも僕は1年間、無職の身。未経験で出版関係の業界に入れるはずありません。始めは『やりたいこと』ではなく『できること』からやろうと。会計事務所で勤務していて、計算関係はできると思っていたので、経理を志望しました。そして運よくアニメ関連の会社に入社できたんです」

 出版社ではなかったものの、同じエンタメ業界。その会社の花形部署である企画部の主な仕事は、海外に日本のアニメの声優やアニメ会社を引き合わせるようなプロモーションを行うことでした。

 島村さんは入社時から、いずれは企画部に異動したいという野心を持っていました。そのため経理部であるにもかかわらず、毎日のように企画を提出したのだそうです。

「最初は邪険にされていましたが、そのうち熱意が認められたのか、相手をしてもらえるように。あと、僕は英語がそこそこ得意だったので運が良かったです。海外の人を相手にする仕事なので、そこがプラスに働きましたね。入社して1年ほど経ち、あるプロモーション企画が認められ、念願の企画部へ移動することができました」

 畑違いの部署に入りアピールを続ける。実にシンプルですが、簡単にできるようなことではないでしょう。島村さんの行動力にはただただ関心します。