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ジブリを支えてきた監督が、宮崎駿にかけられて「愕然とした言葉」

――アニメーターとして活躍されてきましたが、監督が20代のころにやっておいてよかったこと、やっておけばよかったことはありますか?

山下:正直、ゆくゆく演出をやるようになるとは思っていなかったんです。でも絵コンテは書いていたんですね。つまり、やっぱり演出に興味があったわけです。ロボットものを長年やっていて、絵コンテを書きながら演出も意識していました。まだ若かったころ、その時についていた監督から「お前の絵コンテには演出という文字がない!」と言われてガツンと来たことがあったんです。

 アニメーターはどうしてもいい絵だけでつなごうとしてしまう。でも作品としてはそこに心情描写といったものがないといけない。ジブリの作品に携わる以前のことですが、直接演出はしていないけれど、振り返ってみると、そのころから演出的な考え方で作業をしていた。あながち僕の20代は無駄じゃなかったと思っています。だから、あれをやっておけばよかったというのは、実はそうない気がする。やりつくした20代でした。

どん底時代をどう乗り越えてきたか?

透明人間

「透明人間」© 2018 STUDIO PONOC

――そんな山下監督にも、落ち込んだ時期、うまくいかなかった時期はありますか?

山下:ありましたよ。30代前半はどん底でした。何も描けないんです。20代のころ、やりつくしたと言いましたが、10年くらいかけてひとつのシリーズをやり終えて、31、2歳のころ、次の仕事をやりましょうとなったとき、空っぽで何も出てこなかったんです。原作漫画を長編アニメーションにしようと準備を始めたんだけど、原作があるのに絵が描けない。

――その状態をどう打破したんですか?

山下:結果その企画はポシャりました。次にやったのがゲームソフト「幻想水滸伝」のオープニングアニメーションの作画監督でした。そのときの演出家と原画だった平田智浩さんと松本憲生さんが天下一品の上手い人だった。一緒に仕事をして、やっぱりアニメーションはおもしろい!っと思えることができたんです。

――ポジティブパワーに引っ張られたということでしょうか。

山下:どん底だったときは、アニメーションをつまらなく感じてしまっていたんです。だから意欲も湧かなかった。それがまた面白いと思えた。そして次にやることを探そうと思うことができた。回復のきっかけは、結局は人との出会いだったわけです。そう、人との出会い。あ、いま、いいこと言ったかな(笑)。

――本作の主人公にも出会いがあります。

山下:主人公が出会う盲目の男の声は田中泯さんです(※主人公の声はオダギリジョーさん)。本人にもお伝えしたのですが、生きざまというか、人間性が顔に出ている、こういう顔の人になりたいという憧れの人。そんな泯さんに「お前、それでいいのか」と言ってほしかったんです。

 アフレコの日、分かれ際に「僕はね、付き合いでは仕事をしないから」とおっしゃったんです。つまり、作品をいいと思わない限りはやらないと。有難いですね。この作品は僕そのものです。全力投球でやりました。たかが短編なのにと思われるかもしれませんが、本当に真剣。その情熱が出ているんじゃないかと思います。

ポノック

「この作品は僕そのものです」

<取材・文・撮影/望月ふみ>

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ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異

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