bizSPA!

17歳でドイツへ。元サッカー指導者がたどり着いた「負けない設計」の哲学

ニュース

サッカーという勝負の世界で生き、17歳でドイツへ渡り、異国の地で挑戦を重ねた片山博義さん。怪我による挫折や指導者としての経験を経てたどり着いたのは、「勝つこと」よりも「負けない仕組みをつくること」が重要だという考え方だった。

その思想は、サッカー指導の現場だけでなく、現在自身が主宰するアスリートやビジネスパーソン向けの資産運用・キャリア設計コミュニティにも生かされている。なぜ片山さんは「負けない設計」を重視するようになったのか。その原点をたどった。

覚悟が導いたドイツへの挑戦

片山さんは、父方には日本舞踊やスポーツの流れがあり、母・川路真瑳は元宝塚歌劇団出身という芸事の家系に生まれた。「何かを極める」という精神が強く根付いた環境のもと、当時の少年たちの流行していた『キャプテン翼』にのめり込んだ結果、サッカーで生きていくことを強く熱望するようになったという。

しかし当時は、現在のようにプロサッカー選手への道が整っていなかった。“サッカーで生きる”その未知数かつ保証のない自らの夢に対し、両親からの返答は「一生サッカーに関わって生きていく覚悟があるなら、やりなさい」という力強い言葉だった。

その言葉と思いを胸に、片山さんは17歳で単身ドイツへと渡った。言葉も文化もわからない環境へ飛び込んだ当時の心境ついて「不安よりも、ワクワクの方が大きかった」と片山さんは振り返る。傍から見れば無鉄砲のようにも見えるかもしれない。しかし、そこには自分の人生を自分で選ぶ覚悟という『自己責任の哲学』が宿っていた。

怪我で終わった現役生活。「負けない設計」へつながった指導者の道

活動中、ケガによって奇しくも現役生活を退くことになった片山さん。次の目標を定められずに迷っていた際、母からの「ケガをしたからこそできることは何?」という言葉を契機に、指導者への道を進んでいくこととなる。

指導経験を積んでいく中、片山さんは「なぜその選択をするのか」を理解させる指導を徹底していたという。単なる反復練習で終わらせず、常に行動と思考を結びつけることを重視。試合に勝つことだけでなく、選手たちがどのチームに移っても通用する判断力や適応力を身につけられるよう育成に取り組んだ。

こうした考え方は、やがて競技の枠を超えた関心へと広がっていく。選手育成の現場で培った「なぜその選択をするのか」「どうすれば再現性を持って成果を出せるのか」という問いは、人生設計や資産形成にも通じるものだと考えるようになった。

3年間結果が出ず、大きな損失を経験するも、原因を分析し続けた。そして、やがてたどり着いたのは、「負けない」選択を積み重ねるという考え方だったという。

こうして培われた「負けない設計」という考え方は、現在取り組むセカンドキャリア支援にも生かされている。現役引退後に進路に悩む選手たちを数多く見てきた片山さんは、「競技人生が終わってから準備を始めるのでは遅い」と考えるようになったという。現在は資産形成とキャリア設計をテーマとしたコミュニティを主宰し、アスリートやビジネスパーソンに向けて、自らの経験をもとにした人生設計の考え方を発信している。

文:寄稿


片山博義
プロサッカー指導者。1972年東京生まれ。
17歳でドイツに渡りプレー経験を積み、24歳で怪我により現役引退後、指導者の道へ進む。
鹿屋体育大学、FC鹿児島(現・鹿児島ユナイテッドFC)、松江シティFC、FC大阪、東京23FC、吉備国際大学などで指導し、松江シティFCでは監督として中国リーグ優勝に貢献。天皇杯ではJクラブを破り、J1川崎フロンターレと対戦するなど、地方クラブを躍進させた実績を持つ。

指導においては、経験則に頼らない“再現性ある育成”を重視し、判断力と適応力を備えた選手を育成。現在は主にアスリートやビジネスパーソンに向けた資産運用・キャリア設計コミュニティを主宰し、「競技や仕事と並行して次の人生を設計する」重要性を発信している。合同会社hunt&hunt 代表社員。


人気タグ

おすすめ記事