『貨幣論』と『トイ・ストーリー』を混ぜてみた<菊池良×タナカカツキ>
岩井克人の『貨幣論』は『トイ・ストーリー』だった!?
『貨幣論』(筑摩書房)という書物がある。経済学者の岩井克人(1947~)が1993年に書いた本だ。現在はちくま学芸文庫に入っている。
この本は雑誌『批評空間』(太田出版)に1991年から1992年にかけて連載された内容をまとめたものだ。その内容はといえば、カール・マルクス(1818~1883)が書いた「価値形態論」を足がかりに、貨幣について論じている。
私たちが手にしている貨幣──つまり財布のなかの100円玉や1000円札──は、それ自体には価値がない。硬貨は金属に過ぎないし、お札は紙でしかない。そんな貨幣がなぜ貨幣として成り立っているのか、その本質は何なのかを論じたのが『貨幣論』である。
今の時代、貨幣について考える機会は増えている。仮想通貨が流行、加えてフィンテックの普及が進み、「キャッシュレス社会」への移行も進んでいる。「高額紙幣は廃止したほうがいい」と主張する経済学者だっているくらいだ。
極論をいえば、10年後、私たちが何でお金を払っているかはわからない。「モノ」としての貨幣は、すべて記念コインのようになっている可能性だってある。だからこそ、今の時代に「そもそも貨幣ってなんだっけ?」と考えることは重要だ。そこで『貨幣論』である。
筆者はそんな『貨幣論』と、『トイ・ストーリー』を混ぜてみようと考えた。
『トイ・ストーリー』とは、もちろんピクサーが作ったアニメーション映画のことである。おもちゃ箱のなかにいるおもちゃたちが、実は人間のいないところで自由意志を持って生活していた──カウボーイ人形のウッディと、スペースレンジャーのフィギュアであるバズ・ライトイヤーのコンビによる冒険譚。人形遊びをしたことある人間なら──いや、それ以外の人でも──心躍る設定のアニメである。映画はシリーズ化され、2019年には4作目の公開が予定されている。
筆者は『貨幣論』を読んでいるときに、何度も『トイ・ストーリー』のことを考えていた。難しい本に飽きて、現実逃避としておもちゃのことを考えていたわけではない──そう、私はおもちゃが大好きだ──それは例えば、以下のテキストを読んだときに思い浮かんだ。
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商品はモノでもあるが、モノはそのままでは商品ではない。価値形態論で論じられるのは、あたえられた商品世界のなかで、価値のにない手としての商品がおたがいにどのような関係をもたなければならないかという問題である。そこでは、いわば主体も客体もともに商品であり、話される言葉は、「商品語」(六六頁)である。
(『貨幣論』ちくま学芸文庫、三十頁。太字は引用者による。本文中にある六六という数字はマルクス『資本論』の引用ページを指している)
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商品世界! 商品語!「モノ」である商品たちが「商品語」で会話する。まるで『トイ・ストーリー』じゃないか。このような商品を擬人化した表現が『貨幣論』には頻出するのである(それはマルクスがそういう表現をしているからだけど)。
しばらく読み進めると、こうも書かれている。
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ひとつの商品世界を考えてみよう。そこには、たとえば、リンネル(アマ布)、上着、お茶、コーヒー、小麦、鉄、さらには金といった商品がふくまれている。
(岩井克人『貨幣論』ちくま学芸文庫、四十頁)
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具体的なキャラクターまで出てきた。リンネルや上着、お茶、コーヒーが「商品語」を用いて「商品世界」で会話をしている。そんなイメージが頭にパッと浮かんだ。いったいどんなことを喋っているんだろう。妄想が膨らんでいく。
そこから『貨幣論』に出てくるこの商品たちを、『トイ・ストーリー』のように動かしたら、楽しい読み物になるんじゃないかと着想した。貨幣はいかにして貨幣として成立するのか、それを『トイ・ストーリー』調の物語にする。これは文章を用いた一種の実験である。はたして経済学者が書いた経済書は物語になるのか?
私たちは貨幣の「ある」世界を生きている。仮想通貨の登場や、キャッシュレス社会の整備を持ってしても、貨幣の「ない」世界に戻ることはできない。しかし、「ない」世界から「ある」世界への跳躍はどのように行われたのか。その見通しをよくするために、『貨幣論』と『トイ・ストーリー』を混ぜたい。今この連載は『貨幣論』と『トイ・ストーリー』のマッシュアップを目指して運動を開始した。
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ただし、この物語の結末がハッピイ・エンドになるという保証はない。(八十頁)
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<登場キャラクターの紹介>
【リンネル】
20エレのリンネル。本連載の主人公。服の素材に使われる亜麻布のことで、英語で言うとリネン。
【金】
光りかがやく金属。王座の戴冠式をすませ、貨幣という地位を独占している。
【見えざる手(Invisible hand)】
市場を操作する手。その姿は見えない。
【人間】
商品の所有者。「商品語」ではなく「人間語」を話す。
【キャベツ人形】
商品の差異化競争の果てに現れる究極の商品。
次回からこのキャラクターたちを動かして、『貨幣論』と『トイ・ストーリー』を混ぜていく。
【次回予告】
大見得を切ったけれど、実はまだ何も内容を考えていない。全12回の予定。はたして書き切れるのか。今この連載は完結を目指して運動を開始した。
<TEXT/菊池良 イラスト/タナカカツキ>