子連れで中国に留学したジャーナリストが語るキャリアの突破口の開き方【浦上早苗さんインタビュー】
仕事に一心不乱に取り組めば結果を出せたり、昇進できることもある。一方で、結婚や子育てなど、人生における節目を迎えると、仕事と家庭の両立に悩むこともある。人生やキャリアで壁にぶつかったとき、どのようなマインドで自分に向き合ったらいいのだろうか。2024年10月に『崖っぷち母子、仕事と子育てに詰んで、中国へ飛ぶ』(大和書房)を上梓した、経済ジャーナリストの浦上早苗さんにお話を伺った。
行き詰まったら環境を変える
「仕事と私、どっちが大事なの」というフレーズはもはや死語に近いかもしれない。共働きの家庭が増えた現代において、仕事と家庭は密接に関わり合っている。男性であろうと女性であろうと、子育てを理由に転職するビジネスパーソンは珍しくない。
「私は、行動して環境を変えた結果、今のキャリアがあると思っています。新聞社の記者として働いていた頃は、女性で子どもがいることが圧倒的に不利だったんです」
浦上早苗さんは、中国に関する経済や企業の話題を、独自の切り口で執筆する経済ジャーナリストだ。1998年に早稲田大学の政治経済学部を卒業後、新聞記者として西日本新聞社に入社した。
当時、難関とされていた業界への切符を手にしたものの、男社会で深夜の帰宅は当たり前。メンタル不調で1カ月入院したこともある。今後のキャリアのことを考えると、女性であることに制約を感じる場面は多かった。
「シングルマザーだったし、絶対に安定収入が必要だと思って走り続けていました。この会社で頑張って認められるしかないって。でも新聞業界の縮小が思っていた以上に早くて危機感がありました」
働き方改革という言葉すら生まれていない2000年代のこと。仕事と子育ての両立にも行き詰まりを感じていた。次第に、日本で過ごすことに限界を感じるようになる。キャリアアップのために入学した社会人大学院で、中国・大連からMBAの交換留学の募集を耳にしたときはその日のうちに手を挙げた。
「現在の環境や境遇に行き詰まりを感じているのに、変化することで得られるメリットよりも変化を恐れて動けない人って多いですよね。現在の居場所で我慢したり諦めたりするだけじゃなくて、少し環境を変えることを考えてみてもよいのではないかと思います」
頭ではわかっていても、行動できない人は多い。その理由について、浦上さんはこう続けた。
「そもそも人間って、リスクに敏感で失敗することを避けたがる生き物です。特に将来は不確実ですから、現在の生活を変えたときに失ってしまうことのほうが、リアルに想像できるからなのではないでしょうか。それに、客観的に見て恵まれている人ほど、周囲の人は新しいことをしようとすると止めます」
行き詰まったら動く。行動し続けた結果、浦上さんは日本を飛び出して中国へ向かう決断をしたが、飛び出す枠は国境に限らないのかもしれない。今いる会社、今住んでいる地域、今付き合っているグループ。私たちは、思いのほか小さな世界で生きていて、狭いエリアの常識や不文律に無意識に従い、悩んでいるのかもしれない。
今がピークではなくこれから伸びる場所へ
浦上さんは中国へ留学することに迷いはなかったのだろうか。
「政治の状況や国の好き嫌いといった感情はあまりなかったですね。子どもを養っていく親としての責任もありましたし、とにかく自分がこれから先どうやったら食べていけるかということが一番大事でした」
2009年9月、35歳だった浦上さんは子どもを実家に預けて単身で中国に渡る。ちなみに、翌年の2010年、中国のGDPは日本を追い抜いた。成長は失速しているものの、現在も世界第2位の経済大国として君臨する。
「福岡の新聞社で経済記者をしていたので、地理的にアジアが近かったことも理由のひとつです。市場が大きい場所へ絶対行くべきだと思っていたんです。福岡の経済を活性化させるために、今後成長していく東アジアの消費力を取り込むことの必要性が叫ばれていた時期でもありましたから」
当初5カ月の留学を経て帰国する予定だったにもかかわらず、博士課程まで進むことを決意した。初めて中国に渡航した2009年9月からちょうど1年後の2010年9月、小学校に入学したばかりの息子の「ソウ」さんと一緒に大連へ再び飛び立った。
移住の様子は、2024年10月に出版された浦上さんの著書『崖っぷち母子、仕事と子育てに詰んで、中国へ飛ぶ』(大和書房)に詳しい。ラオス、ガボンといった日本に住んでいるとあまりなじみのない国から来た留学生との寮生活の様子や、大連で接した中国人との仰天エピソードを読むと、日本の報道だけでは知ることのできない、中国の日常のリアルな情景が目の前に浮かぶ。
中国語はもちろんのこと、移住することで得られたさまざまな経験は、「中国」の解像度を高めることになり、帰国後の新たな武器になった。
2016年に帰国後、大手メディアへの記事の寄稿から、新規メディアの立ち上げ、法政大学イノベーション・マネジメント研究科(MBA)にて教鞭を取るなど、活用の幅を大きく広げることにつながった。
妄想で終わらせないために優先順位を見失わない
「現状を変えたい」「キャリアアップしたい」と思ったらまず何をすべきだろうか。浦上さんは優先順位を明確に持ち続けることの重要性を指摘する。
「やりたいことがいくつかあっても『これは絶対やらないと後悔する』といったことを整理しておかないと、妄想で終わってしまいます。妄想が続くと現状維持のままなので人生は変わりません」
転職ひとつとっても、目的を明確にしておかなければ、優先順位があやふやになってしまう。いざ転職活動を始めても、ネームバリューや給与、待遇などを比べ出して二の足を踏んでしまうこともある。自分が現在の会社のどこに不満を感じていて、転職先に何を求めるのかをはっきりさせておかなければならない。
「私は、『あのとき、ああしておけばよかった』と後悔したくない。決断するときは、5年後も同じ不満や悩みを抱えていると想像できそうなら、新しい道を選ぶようにしています」
2024年10月現在、浦上さんは「50歳一人旅、ビジネスクラスで世界一周中」と銘打ち、世界を飛び回っている。この原稿を書くためのインタビューを行ったときは、南米エクアドルの首都・キトに滞在中だった。もちろん、ただの旅行ではなく、浦上さんならではの戦略を持って、新たなプロジェクトに挑戦している真っ最中でもある。
スマホ1台で何でも情報が収集できる時代だからこそ、自ら行動して見えた風景は自分だけのもの。壁にぶつかったら動いて環境を変えて、自分ならではの正解を探してみてはどうだろうか。
<著者プロフィール>
浦上早苗(うらがみさなえ)
1974年、福岡市生まれ。経済ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒業後、1998年から西日本新聞社記者。2010年に中国・大連の大学に7歳の息子を連れて国費博士留学(企業管理学)。少数民族向けの大学での講師を経て現職。法政大学イノベーション・マネジメント研究科(MBA)で教鞭を取りながら、 外資系企業の日本進出支援も手掛ける。通訳案内士。著書に『新型コロナVS中国 14億人』(小学館新書)がある。
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