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起業家アイドルを生んだ“過酷な生い立ち”と“ハングリー精神”

コラム

中学生になると“イジメ”の対象に

 小学校低学年のうちは、「ちょっと変わった子」だったんですけど、中学年になると雰囲気が変わって。

 思春期になると、周りもちょっとずつグループを作るようになりますよね。そこに入らない私の制服が焼却炉に捨てられたり、上履きの中に画鋲が入ってて、足の裏が血だらけになったりして、イジメが始まったんです。

 学校でも居場所がないのに、家でも心が休まる場所はありませんでした。母は当時最年少でお茶屋の女将になったことで、余裕がなかったんでしょうね。舞妓になる修行をする、中学を卒業したばかりの若い仕込みさんたちを預かって、面倒を見ないといけないなかで、私を下げる方向で、頑張らせようとしたんです。

 修行を始めたばかりの子たちに比べれば、すでにいろいろできるようになってる私に対して、少しでもミスがあると「全部できて当たり前、なぜそんなこともできない」「周りの手本であれ」と怒られる。

 外見のことでも「ブスだ」って言われ続けて、どんどんストレスが溜まって、親子関係は最悪でした。

メンタルがズタズタで10キロ減量、十円ハゲも

川を見つめる新一年生

 夜に帰る自宅は別でしたけど、それ以外は共同生活に参加します。

 住み込みで修行をする子たちとの共同生活では、15~16歳の子3~4人が一緒に暮らすのだから、当然ケンカもしょっちゅう。化粧の道具を隠したり、冷蔵庫のものを勝手に食べたりとか、トラブルは絶えない。

 そんなときにも、なぜか関係ない私が見せしめのように叱責されて。学校でもいじめられて、家でも攻撃されてメンタルがズタズタ。十円ハゲができて、ご飯も食べられくなって10キロくらい痩せてしまって、健康的にもかなり悪化した時期がありました。

 逃げ場がなくなって、母を見るだけで具合が悪くなっちゃうくらいイヤになって。その後、失語症みたいになった時点で、親元から離れた方が良いということで、中学2年生になるまでカナダのインターナショナルスクールに留学することになりました。

 ここでも気が休まることはなくて、普通に食事できるようになるまで、すごく時間がかかりました。結局、この拒食症みたいな症状が完全に治るまでに10年くらいかかりましたね。20歳を超えるまでは、苦しかった。人前では絶対に出さなかったので、気づかれなかったとは思うんですけど。