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野村克也氏と最後に対談した江本孟紀氏「100歳まではいくと思っていました」

当時のパリーグは無観客みたいなもの

――共著では球界への江本さんの舌鋒鋭いツッコミ、野村さんのボヤキが炸裂しています。

江本:盛り上がる時は、たいてい他人の悪口でしたけどね(笑)。これが南海魂なんですよ。野村さんと一緒にプレーしていた時代は、妬みとかひがみが渦巻いていましたから。それが僕たちは抜けないんです(笑)。

 コロナウイルスの感染防止で今年のオープン戦は無観客試合で行われましたが、当時のパリーグはそもそも無観客みたいなものでしたから(笑)。「セリーグなんか大したことない」と言い続けていましたが、客がまったく入らないパリーグではパフォーマンスをせざるを得なかった。不遇な中でも、野村さんは王貞治さん、長嶋茂雄さんらとスターの座を競い合っていた。僕も不運ばかりの人生。だから、野村さんもこいつは同じ穴の狢(むじな)だと思ってくれていたと思います(笑)。

 お互いに常に負けてたまるかという、ナニクソ根性が染みついてしまっているから、パフォーマンス的な発言が無意識に出てしまうんですよ。僕の方が激しいイメージがあるかもしれませんが、野村さんのボヤキがウケ始めたヤクルト監督時代以降は完全に逆転されました。野村さんは遅咲きでしたが、タレントとしても完全に超えられてしまいました(笑)。

巨人戦だけは全力投球だった

江本孟紀氏

――たしかに江本さんは常に逆境に立ち向かっているイメージがあります。

江本:そうでしょう(笑)。我ながら不運な男なんですよ。高知商業高校では春の選抜甲子園への出場が決まったのに、部員の不祥事で出場停止1年。高校3年の1年間、野球ができなかったんです。大学に進学したけどプロに入れず、仕方なく社会人野球に。そこでも結局ドラフトでは指名されず、ドラフト外でなんとか東映に入団ですから。それも2月中旬ですよ。プロ野球史上で新人が2月中旬に入ったのは僕以外にいませんよ。

 南海を経て、阪神タイガースに移籍してからは、巨人戦だけは全力投球でした。大阪の人はお江戸が大嫌いだから、巨人にだけは絶対に負けたくない。みんな応援に来るからいつも満員。しかも、当時は巨人戦だけが全国放送でしたからね(笑)。

 高知商業で出場停止になって以来、地元・高知の人は僕をテレビで見ていないので、ここでパフォーマンスして、地元だけでなく全国に江本ありと示してやろうって。それが日本一の選手・王貞治さんを抑えること。(対巨人戦成績15勝14敗。対王貞治67打数9安打3被本塁打10打点、打率.134)。他のやつにはいくら打たれてもいいから、とにかく王さんだけは抑えようとしていました。その代わり、他球団との試合はいつも気が抜けていましたけどね(笑)。

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