<第3回>突如あらわれ、みなを虜にした「金」が商品世界を変える――『貨幣論』と『トイ・ストーリー』を混ぜてみた
<この物語は岩井克人の『貨幣論』が、もし『トイ・ストーリー』だったら? という仮定のもとに書き進められています>
【第3回】突如あらわれ、みなを虜にした「金」が商品世界を変える
<登場人物>
リンネル:服の素材に使われる亜麻布のことで、英語で言うとリネン。
上着:新品の1着の上着。
お茶:美味しいお茶。
コーヒー:淹れたてのコーヒー。
金:光りかがやく金。ほかの商品とは違う「何か」を感じさせる。
<前回までのあらすじ>
リンネルは世界の端っこに「穴」があることに気がつく。そして、その穴から「金」がやってきたのだった。平穏だった「商品世界」は、金がやってきたことによって、なんだかみんなの様子が変わってしまった!
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貨幣という神秘──それは、マルクスにとって、金銀という商品が、モノとしての自然のかたちのままで、ほかのすべての商品にたいする一般的等価物という機能をはたしているということの神秘なのである。神秘は、金銀という商品のモノとしての性質にあるのではなく、その金銀を貨幣という社会的な存在にしたてあげる商品世界の存立構造そのものにあるのである。
(岩井克人『貨幣論』ちくま学芸文庫、三九頁)
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光りかがやく金が商品世界にやってきてからというもの、なんだか商品たちの様子がおかしくなってしまいました。
商品たちは金がそばにいると、金のことが気になって仕方ありません。みんなソワソワしだすのでした。
ある、晴れた日のことでした。上着がリンネルのところにやってくると、周りに聞かれないように小声で話しかけてきました。
上着「なぁ、リンネル、最近みんなおかしくないか?」
リンネル「どういうことだい?」
上着「みんな金に魅入られている気がするんだ」
リンネル「しょうがないよ。あんなに光かがやいているモノは見たことないもの」
上着「そうは言っても、異常な気がするよ」
リンネル「確かにね。呪術的なものを感じるよ」
リンネルにも思い当たる節はありました。金を見ると、ついうっかりそのかがやきに見とれてしまいます。そして、金と自分の関係性について考えてしまうのです。
周囲を観察すると、どうやらほかの商品たちも同じようでした。みんな光りかがやく金にうっとりとしたあとに、何やら考えごとをしているようでした。
リンネルはほかの商品に聞いてみることにしました。
リンネル「みんな金を見ながら何を考えているんだろう?」
お茶「実はちょうど私もそのことについて考えていたんですよ」
リンネル「お茶くん、何かわかったの?」
お茶「はい、今まで私たちはそれぞれの関係について話し合っていましたよね」
リンネル「うん、みんなで話すことと言ったらそれだった。おいらたち商品が一番盛り上がる話題はそれだよね」
いつも商品たちが集まって、わいわい話すことといったら、それぞれの価値についてでした。
リンネルは「そういえば」と気がつきました。金が商品世界にやってきてから、お互いの価値について話し合うことがなくなったのでした。
お茶「ですが、元々違う商品なんだからなかなか価値は釣り合いませんよね」
リンネル「そうだね」
お茶「そこで、自分は光りかがやく金でいうと何グラムだろう、と考えるとわかりやすくないですか?」
リンネル「うーん、そう言われてみればね」
お茶「だからみんな話し合うことをやめて、金を見ながらそのことを考えているんだと思います」
リンネル「何だか不思議だなぁ……」
かつてのような関係性じゃなくなったことを、リンネルはちょっとだけ寂しく思いました。
お互いの価値について直接話すことはなくなってしまい、みんな金を媒介にして話すのです。それは商品たちにとって、今までになかった大きな変化でした。
コーヒー「ねえ、ぼくの価値は金だと何グラムになる?」
お茶「5グラムぐらいじゃないでしょうか。私はどうでしょう?」
コーヒー「うーん、6グラムかな?」
リンネル「(なんだか商品世界の様子が変わってしまったなぁ……)」
お茶「ふむ……リンネルはどう思います?」
リンネル「えっ!? お、おいらはわかんないよ」