「320万円が突然口座に」人気アニメ会社の“未払い残業代”訴訟、突如終了した背景
争点の「専門業務型裁量労働制」とは?
今回の訴訟の争点となったのが、制作進行における専門業務型裁量労働制の適用についてだ。本来、専門業務型裁量労働制とは「一定の業務について、実際に労働した時間数ではなく、労使協定で定めた時間数だけ働いたもの」とみなす制度である。
会社の主張では「2018年4月~2019年4月までがAさんの裁量労働制の適用期間」であり、“労使協定”によれば「みなし労働時間は1日9時間15分」、対象業務は「放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデュース、またはディレクターの業務」だった。
そもそも裁量労働制を適用できる業務については、労働基準法38条の3に「業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務として厚生労働省令及び厚生労働省告示によって定められた業務」とある。本来であれば制作全般におけるプロデューサーやディレクターの業務はこれに当てはまるのだが、「Aさんの業務はこれに該当しない」というのが原告側の主張だった。
また、裁量労働制を適用できる業務について、同じく労働基準法38条の3には「対象業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、当該対象業務に従事する労働者に対し使用者が具体的な指示をしないこと」とある。しかし、原告側の主張は、実際の業務遂行についても、裁量のある働き方ではなかったという。
月100時間の時間外労働も
「出勤時刻が矯正されており、遅刻すると罰金を取られることもあった。また、上司(プロデューサー、監督、アニメーションプロデューサー、制作担当)らが業務について具体的な指示を頻繁におこなっていた。過労死基準を超える月100時間の時間外労働を含む、みなし労働を大幅に上回る長時間労働をせざるを得ない環境でした」(Aさん)
昨年6月の三鷹労基署による是正勧告は、裁量労働制の適用されていない部分についての判断だったが、11月22日にはAさんに対する裁量労働制の適用を否定する判断が追加で行われている。判断の根拠は、Aさんの対象業務が「スタッフを統率し、指揮し、現場の製作作業の統括するもの」というディレクター業務に当てはまらないという理由による。
裁判は2019年12月16日に第1回口頭弁論期日が開かれ、原告本人が意見を陳述。しかし、今年4月に入って、新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が発令されたことにより、弁論準備期日が延期になっていた。
その矢先の6月8日、会社側が一切の事前連絡なく、Aさんの銀行口座に286万7375円全額と遅延損害金(翌日には遅延損害金の不足分、合計約320万円)を振り込んだのだ。これにより判決が事実上不可能になり裁判は終了することになった。