「1日で600万円の損失」で魂が抜ける体験も……作家・末井昭の「お金にまつわる壮絶伝説」
目次
「給料3倍にしてくれたら残りますよ」
白夜書房(当時の社名はセルフ出版)の立ち上げに参加した末井氏は、それまでのモヤモヤを爆発させるように続々と雑誌を発行していった。一時会社が傾いた時期があったが、その際に「最後の一発勝負」として発行したのが『写真時代』という雑誌だ。
過激なエロ・グラビアで人気となり、アダルト誌としては異例の50万部を実売した時期もあった。また、その後創刊した『パチンコ必勝ガイド』も50万部雑誌となり、末井氏は出版業界で一躍有名人となった。しかし、実は大コケした雑誌もあった。少女向け雑誌の『MABO』というものだ。
「80年代の中頃、『少女漫画ブーム』みたいなのがありました。僕も影響されて少女漫画を読んで『少女という世界』があることに気がついたんです。そこで女性編集者ばかりを契約で雇って、少女向け雑誌『MABO』を出したんだけど、10万部刷って9万部返本が来るほど大コケでした。
『写真時代』はエロ・グラビアですから、少女向け雑誌の『MABO』とは編集部を分けないとまずいでしょう。それで、会社とは別に借りたマンションで女性編集者と雑誌を作っていたんです。でも、そんな結果でしょう。社長から『こんな返本で、いつまで続けるつもりなんだ』と言われて。
でも、雇った女性編集者たちは契約だから、雑誌がなくなったら同時に会社も退職金ナシで辞めてもらわなければいけない。それは申し訳ないから僕自身が個人でお金を捻出して彼女たちに退職金を払おうと思ったの。そして、僕も会社を辞めようと。
そんな話を社長にしたら『それはちょっと困る』みたいな雰囲気になったんです。でも、僕は本気で会社を辞める気でいたから強気に出て。『じゃあ給料を今の3倍にしてくれたら残りますよ』と言って。そしたら社長が『しょうがない』と、ここで一気に給料が3倍になった。
結果的に彼女たちにも退職金を払うことができ、僕の給料も多くなりました」(末井氏)
1日600万円の損失で「口だけパクパク」臨死体験
見事給料を3倍にすることができた末井氏だが、その一方で本格的な「お金のボロボロ」はこの前後から始まったという。その『MABO』編集部に飛び込みで先物取引の営業マンが来て手を出し、「1日で600万円の損失」をしたこともあったという。
また、強気に出て会社に残ったものの、ドル箱だった『写真時代』は後にその過激性から警察のお咎めを受け、発売禁止となり書類送検にもなった。
さらに、パチンコにハマるようになって『パチンコ必勝ガイド』を創刊し、雑誌自体は売れ行きが伸びて良かったものの、ギャンブル関連の知り合いが増えていく一方で、付き合いの良い末井氏はあらゆるギャンブルに手を出すようにもなった。
「別に当初からギャンブルに興味があって、自分からハマったわけではなかったんですよ。先物を始めたのも『給料3倍』の話の前で、『先物で稼いでなんとか女性編集者への退職金を払いたかった』という理由だったしね。
ただ、先物はやり始めて半年くらいで、恐ろしい経験もしました。ブラックマンデーという世界中の株価が急落した影響で、1日で600万円がなくなったりして。これは結構キツくて口だけパクパクしながら歩いているような、魂が抜けた状態になりました。臨死体験をした気分でしたね。
また、当時は80年代中半から後半で、バブルの頃で不動産価格がどんどん上がっており、不動産を買って『1年経てば、1割以上のお金が儲かる』という時代でした。そこで僕も3つのマンション、土地、マイホームローンなど5つのローンを組み、毎月百何十万かを払っていました。でも、『1年経てば、1割以上のお金が儲かる』はずだったのが、バブル崩壊と合わせてどんどん値崩れを起こし始め、最終的には資産価値が買った金額の半分以下になりました。
『これ以上持っていても下がるばかりだ』と思って売りましたけど、でも、残債は残るわけです。例えば9千万円で買った不動産が、結果的に値崩れして5千万円で売れても、4千万円の負債はずっと返し続けなければいけないわけですね。
そういう状況だったので、高額レートのギャンブルにも抵抗がなくなりました。競馬、競輪、麻雀、チンチロリン、カジノなどあらゆるギャンブルをやりました」(末井氏)
漠然と「CEOになりたい」と言ってもしょうがない
結果末井氏の負債は一時3億円を超え、個人では到底返せないところまで来たわけだが、聖書を読むようになったり、今の奥さんと交際するようになってから、過激なギャンブルをしなくなったという。
「振り返ってみると、お金というものに実は興味がなかったのかもしれないですね。一時やってたギャンブルにしても、『お金を稼ぎたい』という気持ちが全くないわけではないけれど、それよりもハラハラすることのほうが面白いというか。
でも、そんなハラハラだったら、奥さんと延々話をしているほうがずっと面白いと思うようになって。結果的に負債は残ったけど、今はお金を使わなくても奥さんと一緒にいることで楽しく生活できていますから」(末井氏)
言い換えれば、末井氏のプライベートに取り憑いた「お金の苦労」が「愛」によって解放されたようにも感じる。冒頭でも触れた「若い人のお金の不安」についても意見をもらった。
「お金ねぇ……。『お金を稼ぎたい』と思うのであれば、お金が集まるところで働くようにすれば良いんじゃないですか。『お金が回っているところ』の下にいると、ポトポトとお金落ちてくるかもしれません(笑)。
あとは『CEOを目指す』とか(笑)。テレビ番組で、CEOを目指す人たちがシェアハウスに集まって、意見を交わしながら暮らすというものがあるけど、あれはどうなんでしょうね。
でもさ、ただ漠然と『お金が欲しい』『CEOになりたい』と言ってもしょうがないと思うんですよ。仮にお金を稼げたとしても、それは際限ないものですから、いくらお金を貯めても不安がずっと続くだろうし。仮に1000万円貯めたとしても、今度は『この1000万円を盗られるんじゃないか』という不安も出てくる。それは空虚になるだけじゃないですか」(末井氏)
「お金がないと不幸になる」説を疑ってみるべき
また、末井氏は「お金がないと不幸になる」といった世間の風潮にも疑問を持つべきだとも言う。
「『お金がないと不幸になる』って社会で言われていることは、何かの理由があって、そう宣伝されているのかもしれません。そこは疑ったほうが良いとも思います。
『お金のためなんだから、みんなが働かないと怖い思いをしますよ』『これだけのお金がないと、あなたには先がありません。だから働きましょう』みたいなね。
だって、『老後2000万円必要だ』とかにしても、あれはウソですよ。だって、2000万円なかったとしても田舎に行けば暮らしていけますから。
僕は田舎育ちなのでわかるけど、地元の人と仲良くなれば野菜なんかいっぱいくれたりするし、家賃にしたって1ヶ月5百円くらいで貸してくれるところがあるかもしれないし(笑)。
確かにお金が全くないと困ることはあると思うけど、でも、必要以上のお金を無目的に持ってもしょうがない気はしますね」(末井氏)
「いかにお金を使わないで暮らすか」を考えると面白いかも
ここまでの末井氏の「お金にまつわる話」を振り返ると、いつもなんらかの理由があり、そのための「お金」の必要に迫られた話が多い。「うまいものが食べたい」「会社から脱走したい」「社員に退職金を払ってあげたい」といった理由がまずあって、結果的に恐ろしい経験することになったようにも映る。最後に聞いてみた。
「たとえば『映画を撮りたい』と思って予算が要るとするじゃないですか。そういう場合、『やりたいことのためにお金が必要だ』というのならわかるんだけど、漠然と『お金が欲しい』『CEOになりたい』と言ってもね。結局『やりたいことがない』からそういうことを言い出すんでしょうけど、そんなことを目指すのなら、『いかにお金を使わないで暮らすか』っていう研究をしてみたらどうですかね。
でも、そのほうが面白いし、結果的にお金も儲かるかもしれない(笑)。ただ、最初から『こうやったらお金が儲かるかもしれない』って予測しているものは、たいてい面白くないからダメだとも思いますけどね。
お金に執着したり、お金を欲しがる人を否定するつもりはないですけど、ただ、お金に縛られないほうが良いとは思います。
お金のことよりも、自分にとって本当にやりたいこととか、愛する人もために何ができるかとか、そういうことに時間を割くほうが良いんじゃないですかね。そのほうが楽しい生活を送れると思います」(末井氏)
<取材・文/松田義人>
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末井昭・ツイッター
https://twitter.com/sueiakira
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