手放し清掃するモップを日産が実現。掃除道具が「車線変更」するTECH for LIFEの世界
自動運転(自動走行システム)と聞くと、どのようなイメージを持つだろうか。
人間のエラーによって起きる事故の多くを(少なくとも一部を)回避させてくれる技術が自動走行システムだという考え方が定説である(※1)。
にもかかわらず、システム性能の不具合による事故の発生や、システム故障時の自動車の暴走を懸念するユーザーの声はいまだに大きい。
その背景には、運転の主導権を人間が握るADAS(先進運転支援システム)、および自動車任せの自動運転技術に普段の生活で接触した経験が乏しいからという理由もあるはずだ。
人間は、知らなければ不安が先行する。その状況を変えようと〈TECH for LIFE〉というユニークな取り組みを通じて、自動運転に関する先進技術との接点をさまざまな形で日産自動車が用意してくれている。
なぜ、日産自動車は今〈TECH for LIFE〉を通じ自動運転の技術の「広報」に取り組んでいるのだろうか。
今回は、日産自動車日本マーケティング本部ブランド&メディア戦略部、メディア戦略グループ課長である松村眞依子さんの下を訪れ、ライターの西門香央里が日産の狙いや思いを聞いた(以下、西門香央里の寄稿)
日常生活と運転を置き換えて伝える
2023年(令和5年)9月16日、東京・原宿にある国立代々木競技場第一体育館で行われた〈FIVB パリ五輪予選/ワールドカップバレー2023〉の開幕戦で、スポンサー企業でもある日産自動車が用意した「応援練習パフォーマンス」が試合前に行われた。
アリーナ競技に不可欠のモップ清掃を絡めた清掃員たちのパフォーマンスだと思い込んで見ていると、あるタイミングで清掃員の手をモップが離れ、コート内を自立して走り回り始める。その予期せぬ展開に会場内は大いにわいていた。
手放しで動くモップを〈プロパイロットモップ〉と呼ぶらしい。
モップ以外にも〈TECH for LIFE〉の中で日産自動車は、自動化などの先進運転支援技術を応用した機能を訴求し、およびユーザーにとっての利点や便益を紹介している。
〈TECH for LIFE〉は、どんな狙いを持って始められた取り組みなのか。松村眞依子さんは次のように語る。
「〈TECH for LIFE〉はもともと〈X〉や〈Instagram〉などSNS(会員制交流サイト)チームの発案からスタートしているプロジェクトなんです。
お客さまの声を聞く窓口のような形でSNSを日々運用していると、日産の技術が正しく伝わっていない、先進運転支援技術(システム)に対するネガティブな声が多く存在すると気付きました。
具体的には『自動運転ってまだまだ先の話だよね』といった誤解や『自動運転はちょっと怖い』などのネガティブな声です。
『どうやったら正しく知ってもらえて、ワクワクしてもらえるのか』という思いからスタートし『自動運転の最新技術を日常生活に置き換えたら何が起きるのか』という発想に膨らんで、最終的には、いろいろな人たちに日産の最新技術を知ってもらうきっかけづくりのプロジェクトとして始まりました。
〈ProPILOT Park RYOKAN〉
例えば〈ProPILOT Park RYOKAN〉では、散らかったスリッパや座布団が、ボタン1つで整頓される世界を実現しました。このスリッパや座布団には〈ProPILOT Park〉という技術から着想を得ています。
〈ProPILOT Park〉とは、EV(電気自動車)の〈リーフ〉などに搭載されている先進運転支援技術で、駐車場の空いているスペースへ駐車を完了するまでボタン1つでサポートしてくれます。
〈ProPILOT Park RYOKAN〉を出した当時は、この〈ProPILOT Park〉の技術をご存じない方がまだ多い状況でした。
スリッパを玄関で整頓するという身近な暮らしのシーンに変換してユーザーベネフィットまでご紹介し、興味を持っていただけるようにしました。
〈e-4ORCE RAMEN Counter〉
その他のプロジェクト〈e-4ORCE RAMEN Counter〉は、クロスオーバーEV(電気自動車)の〈アリア〉やSUV(スポーツタイプ多目的車)の〈エクストレイル〉に搭載される新技術〈e-4ORCE〉から着想を得ています。
ツインモーター四輪制御技術によって、ぶれない・揺れないフラットな状態で、ラーメンの汁を一滴もこぼさずに素早く手元まで運ぶ世界を実現しました。熱々のうちに、めんが伸びないうちに、お客さまの元へ最高の状態で届けるシーンに変換しています。
他にも、モップと同じ〈ProPILOT 2.0〉から発想したゴルフボール〈ProPILOT GOLF BALL〉、センシングとフォローイングの技術を生かした〈ProPILOT CHAIR〉や「インテリジェント・パーキング・アシスト」から着想を得た〈PARKING CHAIR〉もあります。
全て、知能化(自動化)という領域で、日産の先進運転支援技術を暮らしの一部に落とし込んだプロジェクトになっています」(松村眞依子。以下、松村)
〈ProPILOT GOLF BALL〉
〈ProPILOT CHAIR〉
〈PARKING CHAIR〉
どのプロジェクトも着想が実に面白い。車を運転しない人にも、自動車メーカー日産の技術が身近に感じられるはずだ。
「これだけの数のスリッパを手で整えるとなると結構大変だと思うんですよね。だからこそ、車を運転されない方でも機能やベネフィットを直感的に分かっていただけると思います。
日常生活と運転を置き換えた時に、日産の技術がどのように役に立つのかを〈TECH for LIFE〉を通じてご理解いただければと思っています」(松村)
モップが「車線変更」する
ワールドカップバレー開幕戦の「応援練習パフォーマンス」に登場した〈プロパイロットモップ〉もモップ掛けというバレーボール会場ではなじみのある1コマから先進技術を理解できた。
「〈プロパイロットモップ〉は昨年度、タイトルパートナーに日産がなっていた〈NBA Japan Games 2022 Presented by Rakuten & NISSAN〉で初めて披露した自動運転技術から着想を得たフロア清掃モップです。
バスケットボールの時にSNSを中心に反響が多く、バレーボールも同じコートで行うモップ清掃が不可欠な室内競技なので『じゃあ、今回のワールドカップバレーでもできないか』という発想で実現しました。
特に、今回は、五輪予選も兼ねたワールドカップという特別な試合です。勝利を後押しできるように、ファンが一体となって応援できる雰囲気づくりのパフォーマンスを意識してつくり上げました。
そのため、昨年のバスケットボールの時よりもバージョンアップしたモップを開発しています」(松村)
具体的には、どのようにバージョンアップしたのか。
「市販の日産車にすでに搭載されている技術から着想を得ています。高速道路上で手放し運転できる先進運転支援システム〈プロパイロット2.0〉は、ドライバーの意思と通じ合っているかのような挙動が特徴です。
その特徴を表現するために、モップから手を離した状態で、パフォーマーとモップが一緒にダンスする演出で表現しました。
〈プロパイロット 2.0〉とはそもそも、高精度地図データを使った世界初の先進技術です。ナビゲーションで目的地を入れると高速道路上でハンドルから手を離しても、車線変更から分岐まで自動サポートしてくれます。
今回のモップにもコート情報を搭載させました。コート全体をセンシングして、ポールなどの障害物を検知しながら、モップ同士が『追い越し』をしたり『車線変更』したりと、まるで日産プロパイロット2.0搭載車のような動きを表現しています。
また、昨年に続き2回目の披露でもあったので、1回目を超える感動や、日産の進化をお届けしたいと思い、会場の暗転とモップの発光といった演出も加えました。
日常の空気感を一気に変え、ワールドカップ開幕の世界へお客さまが没入できる雰囲気をつくり、一体となった会場の盛り上がりが、選手まで届くように演出しました」(松村)
実際に筆者も、パフォーマンスを会場で見せてもらった。モップ自体が楽しんでダンスしている感じがあり、ダンスチームや会場との一体感もあった。
「ありがとうございます。大切な試合の前なので〈プロパイロットモップ〉を通して日産の自動運転技術を見せつつも、盛り上げるという部分に寄与したい思いが最優先でした。
盛り上がるように、感動してもらえるように、一体感が出せるように、構成を工夫したり、事前練習を重ねたりして当日を迎えました。
そのチーム全体の気持ちをパフォーマンスで表現できたのかもしれません」(松村)
個人的には、パフォーマンス後に、モップたちが自分で退場するのがかわいかった。
「SNSでも同じような声が多くありました。モップの動きに対して『車線変更している!』という反応が見られたり。モップが擬人化されて見えるのですかね(笑)
他にも『面白い』『感動した』という声も多く頂きましたし『日産の技術すごい!』という自動運転技術に関する反響もありました。
現場で見てくださった方々が動画などを投稿してくださり、その場でご覧いただけなかった方にも広がって『実際に見てみたい!』という声も多く頂きました。
こういった地道な努力とその反響を併せて考えると、ちょっと前まで主流だった『怖い』『まだ先の話』という自動運転に対するイメージが、少しずつ変わってきていると感じます。
それこそ最近は『ワクワクする』とか『楽しい』などのポジティブな声も多く頂けるようになってきました。
日産メンバーも何名か会場に招待していたのですが、広告の仕事に普段は携わらない部署のメンバーが『自分たちの会社の技術が、こういった形でお客さまをワクワクさせていると知れてモチベーションが上がった」と言っていました。
社内に居ると、車のオーナー以外のお客さまが日産の技術の体験を通じて、感動したり喜んだりしてくださる姿など、なかなか見る機会はありません。
社内のインナーモチベーションにもつながってきていると感じます」(松村)
他がやらぬことを、やる会社
〈TECH for LIFE〉は、日産自動車の自動運転に関する最新技術への理解を深めてもらう取り組みだと分かった。
では、自動車メーカーとして日産は、自動運転技術の進化を通じ、どのような社会を実現しようとしているのか。
「自動車業界全体のミッションなのだとは思いますが日産も、ゼロフェイタリティ(日産車が関係した交通事故の死者数を実質ゼロにする)・ゼロエミッション(車のライフサイクル全体において温室効果ガスの排出をゼロにする)という2つの大義を持っています。
その中でも、ゼロフェイタリティ=事故ゼロに向けては、自動運転技術の開発が欠かせないと企業として考えています。
お客さまからは時々『自動運転の車より安全な車をつくってください』という意見を頂きます。しかし実は、自動運転技術の向上は安全な車の実現に繋がっているんです。
現在、自動車自体の安全性は非常に高い領域に既に達しており、交通事故の原因の9割以上が人為的ミスと言われています。その人為的ミスのサポートが自動運転技術のコアにある役割です。事故のない安全な社会の実現につながっていく技術と考えています」(松村)
その大義を果たすために今後も〈TECH for LIFE〉の展開は続いていくのだろうか。
「具体的にはお伝えできないのですが『他がやらぬことを、やる』という信念が日産にはあります。
企業のキャッチコピーにもある「やっちゃえ」という精神で、先進技術の開発にもどんどんチャレンジしていきますし、先進技術そのものについて理解していただけるような表現を続け、お客さまとコミュニケーションしていきたいと思っています。
日産は、創業90周年を迎えました。日産の技術が役に立てる場面や分野があれば、そこに向けて新しく技術を開発していきたいと思いますし、さまざまな形でワクワクをこれからも提供していけたらと思っています」(松村)
最近増加傾向にあるという高齢者の事故なども自動運転技術の向上で減少していくのだろうか。
高齢により運転を諦めた高齢者がまた、運転できるようになるすてきな未来も待っているのかもしれない。
やるじゃん、日産。
[取材・文・インタビュー写真/西門香央里]
[参考]
※ Self-driving vehicles could struggle to eliminate most crashes
※ 車の自動走行システム(いわゆる自動運転)に関するアンケート結果 – 警察庁
※ 自動運転に関する意識調査 – ZURICH
※1「完璧な自動運転車を開発しても無事故の世界を実現できるわけではない」というアメリカ道路安全保険協会(IIHS)の調査結果もある。