ネット史上最大の事件を題材にした話題作「Winny」。企画者が語る経営と映画製作の違いとは
一筋縄にはいかない題材ゆえ、出口戦略を考えるのに苦労した
だが、古橋氏に映画製作の経験がなく、かつ扱うテーマも「ネット史上最大の事件」というハードルの高いものだったこともあり、一筋縄にはいかなかったそうだ。
「最初は出口戦略を考えるのに相当苦労しましたね。コンテンツホルダーからもあまり歓迎されるテーマでもないため、単館上映くらいしかできないかもしれないと言われていました。そのような状況においても、映画監督を務めた松本さんがWinny事件を作品として忠実に描き出せるよう、当時の関係者への取材や7年にわたる裁判資料の読み込みなど、時間をかけて丁寧に脚本を作ってくださったおかげで、KDDIさんを始め多くの協力してくださる企業・個人が集まったんです。
KDDIさんにとっては映画配給が初めての機会だったみたいですが、『インターネットに関する作品なので、ぜひ扱わせてほしい』と言っていただけて。そこから、配給先が決まり出し、一気に事が動いていきました」
Winnyの登場人物を演じる俳優に関しても、東出昌大や三浦貴大といった実力派のキャスティングが決まり、映画としても脚光を集めるようになっていく。
そして、構想から5年を経た2023年3月に映画の公開が実現したのだ。
古橋氏はスタートアップの経営者というバックボーンがありながら、映画製作に関わるという異色の経験をしたわけだが、会社経営と映画の企画では、どのようにマインドセットを切り替えながら取り組んできたのか。
「スタートアップはマラソン。映画製作は短距離走」
そう語る古橋氏は、次のように説明する。
「映画制作の方法や作品が成立するために必要なことなど、いざ企画者として関わってみると、わからないことだらけでした。でも、幼少期から起業をしている人が少ないように、自分がスタートアップを起業した際と同じような感覚で、わからないなりにでも勘所を掴みながら進めてきましたね。ただ、映画はアートの世界であり、スタートアップの運営するプロダクトのように数字ありきではない。要は“感覚”で会話をしなくてはならないので、脳みその切り替えが大変でした」
会社は一度起業すると、永続的にプロダクトやサービスをブラッシュアップし、成長させていかなくてはならない。他方で、映画は配給が終わるとプロジェクトの委員会は機能としては止まる。
これこそ、古橋氏の言う「中長期を見据えて動くか、短期集中型で一気に仕上げるか」という違いになっている。
「映画作品は、一度世に出して評価されると、アーカイブとして半永久的に残り続けるわけです。昔の名画は今でも、多くの人々の心を動かし、感動を引き寄せますよね。その一方で、プロダクトやサービスは、常にPDCAを回して、改善を重ねているので、原型を留めずに進化している。もしユーザーに支持されなければ、いつかは終了してしまう運命なんです。
Winnyが公開された『Yahoo!ジオシティーズ』も2019年にサービスがクローズしているんですよ。そういう意味では、いつまでも残り続ける映画作品に携われたのは、自分の人生にとっても非常に良い経験をさせてもらったと感じています」