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米アカデミー賞受賞なるか?『ドライブ・マイ・カー』が普通の日本映画と違うワケ

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通常の日本映画と違う理由

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 本作は、濱口監督3作目の商業作品とは言え、一般向けのエンタメ作品ではない。いわゆる「シネフィル」(熱狂的映画ファン)向けの作品だ。ハリウッドの超ド級ジェットコースター系ムービーやマーベル作品に代表されるユニバース化(映画シリーズ内で世界観が共有されること)からは程遠いし、近年の日本映画の大きな源泉であり、潮流となっている一連の漫画実写化作品ともまったく無縁である。

 にもかかわらず、本作は世界中から注目を集め、ある意味、逆輸入されるかたちで今、日本の多くの観客たちの夢と希望すら背負っている。いったい、何が通常の日本映画とは違うのだろうか?

 まずは上映時間だ。現在、日本の商業映画で3時間近くある上映時間の作品はほとんど見当たらない。濱口監督が講師を務めたワークショップに集まった素人同然だった4人の女優たちが第68回ロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を全員受賞した『ハッピーアワー』(2015年)の上映時間が5時間14分にも及ぶと聞いて驚く人は多いだろう。『ハッピーアワー』は商業作品ではないが、有名俳優を起用した商業作品である『ドライブ・マイ・カー』も2時間59分と長尺だ。

多くの映画ファンの心に深く響く理由

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 けれど、上映時間が極端に長いからと言って、冗長で弛緩するような時間は一瞬たりともない。濱口監督がこれだけの長尺を必要としたのは「カメラによってどれだけ人間という存在を根元的に捉えるか」に全身全霊を注いでいるからだ。

 濱口監督ほど人間に興味がある映画監督もそう多くはないだろう。カメラを通じて開かれる人間の生々しい姿をかけがえのない現実として捉えようとすること。極論すると濱口監督の映画作りの目的はこのあたりに尽きるだろう。だからこそ、シネフィルに限らず、より多くの映画ファンの心に深く響くものがあったのではないだろうか。

 本作の主人公である家福悠介(西島秀俊)は著名な演出家。そして脚本家の妻・音(霧島れいか)がいる。けれどある日、悠介が帰宅すると音が亡くなっていた。2年後、妻を亡くした悲しみを抱えながら、悠介は演劇祭の演出をするために、広島へ向かう。

 会場から宿までの送迎を担当するドライバーのみさき(三浦透子)が重要な役回りとなる。毎日の送迎でみさきと交流する中、次第に見えてくる心の景色が、何とも言えないゆったりとしたリズムを刻みながら、観客の心に呼びかける。

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