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妻がケツを叩いてくれてよかった。『惡の華』原作者が語る、結婚と創作

生き延びた側の話にしたかった

押見修造

――この作品ではもがく春日が、仲村さんとぶつかり合います。

押見:仲村さんとふたりで死ねればそこで時が止まって、ある意味、特別になれるわけです。でもそれを描いて見てもらったとしても、それは読者に「死のうよ」と言うことになってしまう。そういう作品は絶対に描きたくなかった。

 自分は生き延びて漫画を描いているわけで、生き延びた側の話にしたかったし、やっぱり希望で終わりたかったんですよね。取って付けたような希望ではなく、ちゃんと自分も納得して、読者の人にも納得してもらえるような希望の形を作るにはどうしたらいいのか。それがこの作品の問題設定でした。

――仲村さんのモデルは奥様だと。「クソムシが」というのも奥様からの言葉だとか。

押見:はい(苦笑)。モデルはモデルですが、仲村さんほどぶっ飛んでいる人ではなくて、出会った頃も、僕は大学生で、少し年上の妻は、ちゃんとまっとうな社会人でした。ただどこかに抱えているものがあって、たぶん昔はひどかったんじゃないかなというのが垣間見えたんです。

 そこを膨らませて、中学生の頃に自分が好きだった子や、母親とか、自分が女性のなかに見た、絶望や悲しみといったものをぎゅっと一人に凝縮して仲村さんが生まれていった感じです。

今までの人生を作文にしろ、反省しろ

――春日が仲村さんに言われていたように、先生も奥様から自分自身のことを「作文に書け」と言われたとか。

押見:かなり大変な作業でした。でもそのおかげで乗り越えられたところはあります。それで物語というものが分かった感じがありましたし。それまでは漫画を描きたくても、描けなかったんです。形にしたいという欲求はあるんですが、情景や人の表情といった断片的なものしか描けなかった。

 それを「今までの人生を作文にしろ、反省しろ」と言われて、吐き出したことによって、客観的に見られるようになったんです。そしてこれをストーリーに置き換えればいいんだと思えた。登場人物や流れを変えたり、整理したりしながら、デフォルメやアレンジを加えていけば、本質的なものをストーリーにできるのではないかと。

――二十歳の頃に、初めて漫画を編集者に見てもらったそうですが、そのころですか?

押見:そうですね。作文を書き終えて、です。

漫画を持ち込んだら、編集者に「ヒドイね」と

惡の華

――そこで編集さんに言われたことをよく覚えているそうですね。

押見:「ヒドイね」と(笑)。でも、物語や漫画としてはヒドイけれど、才能はあると言われたんです。それが死ぬほど嬉しかった。

――編集さんには、中にあるパッションが見えたんでしょうか?

押見:表現者としての才能があると言われました。パッションのところでしょうね。それで、担当さんに物語の作り方とか、色々と教えてもらうようになりました。そして21歳のころにデビューして、単行本が出てすぐに結婚しました。結婚したから頑張らないといけない、お金を稼ぐために頑張ろうみたいなところがあったかな……。いや、なかった。嘘です。責任感なかったから(笑)。ただ無我夢中でした。

 絵もめちゃめちゃだったので、誌面で練習させてもらいながら描いてました。なんとか『惡の華』みたいなものを書きたいなという気持ちを持ちつつ、それをきちんとしたストーリーにするのは、そのころの僕にはまだ難しかったので、何作かやって、今だったらやれると書き始めたのが、27歳くらいでした。

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