＜この物語は岩井克人の『貨幣論』が、もし『トイ・ストーリー』だったら？ という仮定のもとに書き進められています＞

【第6回】「どんどん刷れ！」商品世界に君臨する大量の紙幣たち

＜登場人物＞

金：光りかがやく金属。王座の戴冠式をすませ、貨幣という地位を独占している。

紙幣：金貨に代わるあたらしいもの。偉い。

リンネル：20エレのリンネル。本連載の主人公。服の素材に使われる亜麻布のことで、英語で言うとリネン。

お茶：10ポンドのお茶。

上着：新品の1着の上着。

コーヒー：淹れたてのコーヒー。

＜前回までのあらすじ＞
　金（きん）が君臨していた貨幣の地位を、紙幣が奪おうとしていた。紙幣は「代わり」のはずだったが、携帯のしやすさ・製造の簡単さで圧倒しようとしていたのだ。
　一方、お茶は夢に出てきたマルクスの言葉にしたがって、船の建設を始めた。マルクスはもうすぐ洪水がやってくると言うのだ！

刷られ始めた紙幣、ただの紙っきれが神秘をまとう

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　それ自体はなんの商品的な価値を持っていないこれらのモノが、世にあるすべての商品と直接に交換可能であることによって価値をもつことになる。ものの数にもはいらないモノが、貨幣として流通することによって、モノを超える価値をもってしまうのである。無から有が生まれているのである。
　ここに「神秘」がある。（岩井克人『貨幣論』ちくま学芸文庫、七三頁）
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　紙幣を刷る工場は動き出しました。単なる紙っきれは次々と「貨幣」になっていきます。ただ印刷されているだけなのに。

　動き出した機械設備を呆然と眺めていた金に対して、紙幣は冷たく突き放すように言いました。

紙幣「きみは黙って城の奥で眠っていればいい」

金「なに……？」

　そこまで言い切る紙幣に、金は我慢なりませんでした。ついこの前まで王として君臨していたのは自分なのに。いや、今でも自分が王のはずなのにと、納得できませんでした。

金「紙っきれが偉そうに！」

紙幣「きみは確かにぴかぴかに輝いている。神秘がある。しかし、私にもある。なぜかわかるか？」

金「……なぜだ？」

紙幣「交換できるからだ！」

　刷られたばかりの新品の紙幣が、金を取り囲み始めました。そして、金を羽交い締めにします。

金「やめろ！ 離せ！」

紙幣「抑え込め！」

　金は抵抗しますが、紙幣が次々と飛びかかり、地面に押さえつけました。紙は、一枚一枚は軽いですが、大勢で体重をかけることによって動きを封じ込めたのです。

紙幣「きみはなんて重いんだ。こんなんじゃ簡単に交換できないよ」

金「くそが……」

　いくら金が重くても、大量の紙幣には適いませんでした。戦意喪失した金は、紙幣たちのなすがままに連れて行かれ、城へ幽閉されました。

　城からぶつぶつと「私が本物なんだ。私が……」という声が漏れてきました。そこは確かに立派な城でしたが、今や誰も見向きもしないのでした。