『ボヘミアン・ラプソディ』を深く読み解く“6つのポイント”。屈指の音楽映画となった理由
5:「We Are The Champions」で示された「勝利」
さらに、ライヴ・エイドで披露される「We Are The Champions」では、「幾度となく苦しい思いをしてきた。罪も犯してしてないのに罰を受けてきた。大きな間違いも何度か犯してきた。屈辱も受けたが全て乗り越えてきた」「俺たちは勝者だ。友よ。俺たちは最後まで戦う。俺たちは世界の勝者なのだから」などと歌われます。
・大きな間違いも何度か犯してきた=メンバーを侮辱したことや、独断でソロ活動に進もうとしていたこと
・罪を犯してないのに罰を受けてきた=自身のセクシャリティのために孤独を深めていたこと
といったように、こちらも歌詞がはっきりとフレディの足跡と重なるのです。
しかも、「大きな間違いも何度か犯してきた」「罪を犯してないのに罰を受けてきた」ことは、フレディやセクシャルマイノリティの人だけにも限らない、全ての人間が経験する人生の苦しみです。
フレディはかつてクイーンと他のバンドとの違いを問われ、「世間のはみ出し者に音楽を届ける。居場所がなくって、部屋の片隅にいるような奴らに曲を捧げるんだ」と答えていましたが、実際は「それ以上」、はみ出し者はもちろん、全ての人々に音楽を届けていたとも言えるでしょう。そして、人生の苦しみを超えた人たちに、高らかに「俺たちは勝者だ!」と肯定してくれるのは、なんと嬉しいことでしょうか!
また、フレディは「歌っている時だけは、本当の自分をさらけ出せる。恐れるものは何もない。でも、君といる時だけは、同じ気持ちに……」とメアリーに語っていたこともありました。このライヴ・エイドの演奏にて、フレディは本当の自分をさらけ出したのはもちろん、「愛する人と共にいる」「歌で愛を届けられる」という気持ちもあったことでしょう(その会場にかつての恋人のメアリーも、今に寄り添っているジム・ハットンもいましたから)。
そのフレディの喜びを、クイーンが作り出した極上の音楽と共に、ライヴ・エイドのステージで最高のパフォーマンスをするフレディの視点で「体感」できる。だからこそ、『ボヘミアン・ラプソディ』は、かつてない音楽映画の名作となったのです。
6:ラミ・マレックによるフレディの“動き”への理解とリスペクト
本作の功績として、第91回アカデミー賞で主演男優賞を受賞したラミ・マレックの熱演、いや“憑依”ぶりに触れないわけにはいきません。メイキング映像で観られる製作者のグレアム・キングからの「彼(フレディ・マーキュリー)を“演じる”ではなく“生きて”るんだ」という言葉は的を得ています。マレック自身の「彼をまねるのではなく、“動き”の意味を理解するんだ」からも、そのアプローチが単なる模倣ではないことがわかるでしょう。
例えば、ポスターにもなっている「こぶしを挙げるポーズ」は、「フレディが小さい頃にボクシングをやっていたことから生まれた」「これまでやってきたことから“動き”がどうやって変化していったか」をマレックが分析した上で演じていたそう。他にも、マレックは「物まねではなく、フレディの“動き”の進化を学んだ」「フレディという人間に対して裏切らないよう、称えようという気持ちで毎日精進していた」とも語っています。
それはつまり、フレディの人生や生き様へのリスペクトがあってこその役作り。加えて“ムーブメントコーチ”による、フレディの日常の動作を起点に「ステージ上でどんな気分になってあの動きをしたのか」という一蓮の作業を脳にインプットして、肉体が自然に反応するようにイメージするというトレーニング方法を実践。それがあってこそ、本物さながら、いや本物そのもののパフォーマンスへつながっているのです。
そんなマレックはキャスティングされた当初はかなりの不安を抱えており、プロデューサーには歌えないこと、ピアノも弾けないこと、リズム感があるとは言えないことなどとも正直に打ち明けたそうです。それでも、彼に惚れ込んだ製作陣は、1年かけて歌、ピアノ、ダンス、言葉のアクセントを学ばせることを約束。マレック自身、それぞれのレッスンに加えて、1日4時間もフレディのインタビューやパフォーマンス映像を観ており、その中には日本人が撮ったホームビデオも含まれていたそうです。
そのように世界的アーティストになれるほどの研鑽を重ね、フレディの“動き”を時間をかけて徹底的に研究したことに加えて、もっとも重要と言っても過言ではない“見た目”もとことん突き詰めています。衣装合わせに50時間をかけた他、マレックはフレディそっくりの前歯を装着して生活しており、撮影の際ももちろん前歯をしたまま歌唱。そしてフレディにとってはコンプレックスでもあった前歯を、唇で隠そうとする仕草もたくさん練習するなど、そこでもやはり“動き”に並々ならぬこだわりを見せたのだとか。パフォーマンスの場面だけでなく、日常的なシーンでも彼がフレディそのものに思えるのも、そのためでしょう。
ちなみに、劇中の歌声はマレック自身と、カナダの歌手マーク・マーテルの声のミックスで、その両者がシームレスに混ざり合うように調整されているのだとか。こちらも聴いていてもフレディ本人としか思えない力強く伸びやかな歌唱であり、2人の声のミックスだとは全く感じさせない技術と努力の賜物でしょう。そのマークは、自身のYouTubeチャンネルで「ボヘミアン・ラプソディ」他クイーンの名曲をピアノで弾き語りする動画もアップしています。
さらに、キャスティングに関してはもうひとつ重要なトピックがあります。ベーシストのジョン・ディーコンを演じたジョゼフ・マゼロは、1990年代に『ジュラシック・パーク』でパーク内で逃げ惑う弟ティム役と『マイ・フレンド・フォーエバー』エイズに感染した少年デクスター役として知られた子役だったのです。そのジョゼフ・マゼロの成長ぶりと俳優としての再ブレイクもまた、感慨深いものがあります。
<TEXT/映画ライター ヒナカタ>
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【参考記事】
「ボヘミアン・ラプソディ」(2018) – トリビア – IMDb
『ボヘミアン・ラプソディ』全身全霊でフレディ・マーキュリーになりきった、ラミ・マレックのアプローチ|CINEMORE(シネモア)
フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック、製作陣に「歌えない」宣言していた! | cinemacafe.net
『ボヘミアン・ラプソディ』ラミ・マレックが役作りの裏話「日本のホームビデオも見た」 | レスポンス(Response.jp)
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