居眠りを理由に公開処刑。北の独裁者・金正恩の“冷酷な素顔”6つのエピソード
エピソード5:聖域なき粛清
バイオレンスな粛清によって、多くの人は不満があったとしても口を閉ざすようになったことは想像に難くありません。
さらに金正恩は近しい関係の人をも粛清の対象とします。金正恩の姻戚の叔父である張成沢を、2013年に処刑して見せしめにしたのです。
「それまで何人もの高官を水面下で処刑していたが、張成沢の処刑では、自身を支持する党員たちにメッセージを送ることにしたのだ。注意せよ、私が支配する北朝鮮では誰も安泰ではない。私の親戚ですら例外ではない、と」
「張成沢はすべての役職を解かれ、党から追放された。演出効果を最大限に高めるため、二人の軍服を着た兵士が両脇を抱えて彼を立たせ、会議場の外へと連行した」
なぜ、金正恩が自分に近しい人物を粛清したのか。筆者はこのように分析しています。
「一部の専門家は、張成沢の処刑は金正恩の弱さ、つまり、彼が快活な叔父にどれほどの脅威を感じていたかを示していると分析した。若年指導者が古株たちをまとめられず、政権が結束を欠いている証拠と捉えたわけだ。
だがむしろ、これは強さを示す証拠だった。金正恩はすべてを掌握していた。その支配が強力だったからこそ、命令一つで叔父とその同調者たちを消し去ることができたのだ。
金正恩は、自分がどれほど残酷になれるのか見せつける舞台を意図的に設けた。そうすることで、政権内で独自の構想を推し進めたり、独自の派閥をつくったりすることを考える可能性がある者たち全員に対して、明確なメッセージを発したのである」
エピソード6:白昼の暗殺劇、その背景
人々に恐怖を植え付けるような粛清方法、さらに関係性による聖域はない。このようにして金正恩はその地位を固めていくことに成功します。
最後に2017年にクアラルンプール国際空港で白昼堂々と実行された、異母兄にあたる金正男の毒殺事件を振り返ります。この事件はメディアでも大々的に報じられ、記憶している人も多いのではないでしょうか。
実行犯の女性2人は、北朝鮮の工作員に「いたずら動画の撮影」などとだまされてやった、と主張。多くの専門家が、暗殺の指令を出したのは金正恩だろうと推測しています。
「専制君主というのは本来的に偏執病的である。だが兄弟ほど、専制君主を偏執病的にさせる存在はほかにない。なぜなら、兄弟とは同じバックグラウンドを持ち、同じ血が流れる間柄だからだ。つまり兄弟とは、次の指導者の地位を狙っているも同然の存在なのだ」
「すでに叔父を無慈悲に処刑していた金正恩は、征服王の助言に従い、異母兄の金正男を除こうと決意した。長男を重んじる文化に生まれた金正男は、偉大な継承者にとっては、もっと危険な存在だった。
およそ一五年にもわたって北朝鮮国外で追放者のような生活を送っていることは問題ではなかった。金正恩は明らかにこの長子を必要としていなかった。この男もまた、神話に出てくる白頭山の血が流れている身であり、北朝鮮の物語の一部であるからである。二〇一七年二月一三日午前九時直前、金正男は大胆不敵な公開処刑の対象となった」
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近くて遠い国、北朝鮮。金正恩体制が今後どうなるのかは、拉致問題の解決や、日本の安全保障にストレートに関係します。その意味で、金正恩について知っておくことは、日本人にとって必須なのではないでしょうか。
※【アンナ・ファイフィールド】
米紙『ワシントン・ポスト』北京支局長。過去には同紙東京支局長のほか、英紙『フィナンシャル・タイムズ』のソウル特派員を務めた。計8年にわたり北朝鮮報道に携わり、同国を訪れた回数は10回を超える。2018年、米スタンフォード大学からショレンスタイン・ジャーナリズム賞を受賞
<TEXT/菅谷圭祐>